DULL-COLORED POP vol.13 『アクアリウム』

bonus track – 「年越しイベント」レポート(12/31)

あけましておめでとうございます(※1/3執筆)。人生、辛いですよね。いや、年明けの初っ端から根暗な話で申し訳ないんですけれども、わたくし目下意気沮喪させる事態に直面してしまって、ううううううとヘコんでおります。というのは、折角レポートを書くために12月31日のダルカラの年越しイベントに参加したのに、ICレコーダーの電池切れにずっと気づかずにいて、音声記録がまったく録れてないということが、今判明したんですね……。遺憾ですけれども、今回はイベントで何があったかをなぞるだけの粗っぽいレポートになってしまいます。ほんとうにすみません。

幸いにも写真だけは律儀に撮りまくっていたので、以下、写真にキャプションをつけつつ記憶を掘り起こしながらレポートを書き進めていきたいと存じます。

さて、12月31日はシアター風姿花伝で行なわれた、『アクアリウム』東京公演終了後の年越しイベント。バラし終わって簡素になった劇場の舞台の上で、『アクアリウム』出演者の方一人一人が何かしら芸をやってお客様を楽しませるという、なんと言うか、カッコいい・クール・オシャレという要素をストレートに削ぎ落としたあとに浮薄なポップネスがあらゆるカオスを飲み込みました、的な、誰が企画したんだこれ、的な、イベントでした。おそらく観客のみなさまにとっては「世の中にはここまでして人を楽しませようとする連中がいるのか……」ということに震撼させられる三時間だったことでしょう。今、わたくしの脳裡にも「ホップ、ステップ、そして安住」という一発ネタを披露して劇場内を完全に沈黙させた瞬間の、一色洋平さんの崇高な御姿が、よぎります。

当日のプログラムは以下のとおりでした。

■スナック梨那(開演前、休憩時間に常時開設)
■飛び入りの広田淳一×谷賢一の『アクアリウム』トーク
■若林えり マジ歌サウンドオブミュージック
■大原研二 奉納相撲
■東谷英人 瓦割り
■中林舞 動物ものまね/中島みゆきショー
■堀奈津美 SMショー
■渡邉亮 ストリップショー
■百花亜希 ももちゃんとお医者さんごっこ(別途オークション制)
■一色洋平 あいのことば〜for you〜
■中間統彦 断髪式

最初の写真はこちら。イベント中ずっと客席後方で開設されていた「スナック梨那」ブースで客のもてなしをする中村梨那さんと、塚越健一さんです。二杯目まではドリンク無料で、見てのとおり缶ビールやら日本酒やらウィスキーやらが揃っており、始終お酒には不自由しないイベントでした。また、塚越さん手作り・辛過ぎず甘過ぎずの抜群の味付けの切干大根の煮物も饗されました。ちなみに言うまでもなく、中村さんの衣裳のモチーフは「スナックのママ」です。
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次の写真は、イベント開始直後のころ、まだまだ俳優たちの準備が整っていないということで、壇上で急遽飛び入りした(この日ゲストアクターだった)劇団アマヤドリ主宰・広田淳一さんと谷演出との『アクアリウム』アフタートークが展開されたときの、ショットです。これは無茶苦茶面白かった。基本、お客さまから質問を募って、それに応える形でトークを進めていったのですが、お客さまの質問がかなり直球なものだったりして(「広田さんは『アクアリウム』という作品についてどう考えていらっしゃいますか?」)相当本質的な話が聞けました。まずは単純にゲストアクターによってどう作品が変わったか──谷演出は、たとえば井上みなみさんに対しては「年少で毀れやすげな精神の持主」、広田さんに対しては「知能犯」というふうにオーダーするイメージを変えていた──という話にはじまって、山崎彬さんが楽屋でどんだけうるさかったとか──とにかく関西人なので笑いを取ろうとする、楽屋で他人の衣裳を勝手に着て、誰も突っ込まないと怒り出す──、ロングラン中、出トチリや小道具置き忘れといったミスでは、広田さんの台詞が飛んだときが一番やばかったという話とか、そして、広田さんに『アクアリウム』についての意見が振られると、広田さんが谷演出に歯に衣着せぬ批評をぶつけ、それに対して谷演出が真っ向から応えるという、白熱した応酬さえ見られました。広田さんの疑問から、谷演出の「あのラストは解決のつもりで書いてはいない。しんやはすみを見て癒されたわけでもないし、部長・菊池の影響でまともに生きるようになったわけでもない。もしかしたら彼は二ヵ月後にはやっぱり人を殺してしまっているかもしれない。或いは就職して働くようになるかもしれない。その動機を、現代では明確にドラマとして描けないという前提で書いている」(意訳)という発言が引き出されたのが、一番の見所だったと思います。
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つづいての写真は、一番最初の出し物、若林えりさんの「マジ歌サウンドオブミュージック」のもの。正直、「なんだかNHK教育の歌のお姉さんみたいなひとが出てきて、本気で歌い始めたけれど、この人は一体誰だ……」とちょっと戸惑ってしまったほど、普段の若林さん(少なくとも「トリ」役の若林さん)とは見違える大人しやかな物腰、声色で、ドレミの歌を熱唱してくれました。
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このように、誰もが知っている歌なので、一フレーズごとにマイクを差し出してお客さんにも振っていきます。この手慣れた「歌のお姉さん」ぶりにビックリですね。
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つづいては、大原研二さんの「奉納相撲」の写真。これはですね、若林さんが可憐に歌を歌った後に劇場の舞台の上で奉納相撲をやるという猛烈な違和感については、もう言葉で説明しようがないので、連続写真で楽しんでいただければと思います。左の一列が、スポットライトを土俵に見立てて本格的な土俵入りの儀式をする大原さん。右の一列が、シアター風姿花伝の繁栄を願い、演劇の神に捧げられた一番、中間統彦関との取り組みです。
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そして次が、東谷英人さんの「瓦割り」。のはずなのですが、「瓦を割るだけではアレなので、その前に一芸やります」と力強く言い放ってみせた東谷さん。それから期待して固唾を呑むわれわれの目の前で東谷英人一世一代の「何か」が始まりました。これは、イベントに来ず今レポートだけで読まれている方に想像させるために、最初は写真のみ載せて行きましょう。一枚目はこれです。東谷さんがまずやり始めたのが、この動作。口で「ブゥーーーーーーゥゥン、ブゥーーーーーーゥゥン」としきりに擬音を鳴らして身体を左右に揺らします。客席が「え? まさか一芸ってこれだけ?」と戦慄した瞬間です。
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二枚目。真直ぐ突っ立って、片腕を上下に振りながら「ドシュゥーーーー、ドシュゥーーーー」と口で言っています。ここだけ見ると狂人です。
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三枚目。足下においてあったゴーグル(小道具)をはめて、何か叫んでいます。用意周到ですね。このときにはもう客席もさすがに東谷さんが何をやっているのか分かっています。
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で、もったいぶる必要はないので答えを言うと、東谷さんは、パズーがドーラの協力を得てシータを要塞からかっさらうというアニメ『天空の城ラピュタ』の一連のシーンを、たった一人で演じてみせたんですね。パズー役、ドーラ役、シータ役、ロボット兵役、ゴリアテ役、ムスカ役を全部一人で切り替えながら演じて、映画内のアクションもすべて身体表現で再現します。一枚目は、ドーラたちが使っている昆虫型の飛行機の動きを全身で表現しつつ、それに乗っているパズーとドーラの会話を一人で演じているところ。二枚目では、暴走して要塞をビームで破壊しまくるロボット兵を演じています。この後にそのロボット兵を止めようと叫ぶシータも、東谷さんが裏声で演じます。三枚目は、要塞を視認しようとゴーグルを嵌めているパズー、でしょうか。ちゃんとすべてのシーンで、音響を谷演出がマニピュレートして映画と同じサウンドトラックが流れるという、無駄に完成度の高い一芸でした。ところで、写真のなかで舞台の最前に白い布の上の四角い物体が映っていると思いますが、あれが瓦です。渾身で『ラピュタ』を演じ切った東谷さんが去り際に割って行きました。どう考えても瓦割りがオマケです。

次は、中林舞さんの「動物ものまね/中島みゆきショー」。照明、振り付け、衣裳においてもっとも凝っていたのがこれでしょう。まずは暗転してのち、中島みゆきの往年の名曲「わかれうた」のイントロが流れる中、舞台床にうつ伏せている中林さんにスポットライトが当たります。えーっと、これは歌詞の中にある「途に倒れて誰かの名を〜」のくだりを表現していると考えていいんです……よね。そこから起き上がっての熱唱、細かい振り付け、歌いながらの衣裳チェンジ、何が彼女をそこまでさせるのか……。これは連続写真で見ていただきましょう。
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しかし後半になると、中島みゆきの曲が流れたまま動物の物真似が始まり、一挙に場末感が高まります。そして「ふぐ」「アルマジロ」「ミーアキャット」「猫」「犬」と大雑把すぎて観客に伝わらない物真似がつづいて、最後には「狼」の物真似を交えながら「わかれうた」を歌い上げた後、「みゆき、ちょっと、もう帰るから」と苦笑いして退場して行った、中林さんでした。むろん会場からみゆきコールが起こったことは言うまでもありません。

その次は、堀奈津美さんの「SMショー」。これも凄いですね。何が彼女たちをそこまでさせるのか……。以下の写真とおりの格好で登場して「堀!奈津美だよ!」「今夜はおまえたちメスブタどもオスブタどもと遊んでやろう……」と最初から女王様キャラ全開です。これが『アクアリウム』劇中の「ゆう」が究極進化した姿でしょうか。
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SMプレイの犠牲者第一号は、一色洋平さん。お題はロウソクプレイ。上半身裸にされて、小道具として持ってこられたロウソクとその上にゆらめく炎を見て、「本物のロウソクじゃねーかよ!」と大いにビビる一色さんですが、実際には「ロウソクの炎を消さずにバースデイソングを歌え」という演歌歌手的メソッドを強要されただけでした。ところが、一色さんは何気ない笑い声だけで炎を消してしまって、女王様は、怒り心頭。超俊足で舞台上を逃げ回る一色さんを鞭で追い回した次第です。
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次のお題はくすぐりプレイ。犠牲者に選ばれたのは若林えりさん。筆で首筋や素足を撫ぜるというわりと地味なプレイが行なわれますが、若林さんの反応が子供っぽいので、女王様は不満足の様子。代わってスナック梨那の女主人、中村梨那ママが舞台上に呼ばれます。
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ここから自然発生的にスナックママVS女王様という寸劇がスタート。お題は言葉責め。とはいえ強要されたのは、那須佐代子支配人の手になるシアター風姿花伝の広告文を、エロティックに読むこと。これもまた、中村ママがどう頑張ってもエロくならないので女王様の怒りの火に油が注がれます。
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最後のお題は鞭プレイ。怒髪天を衝く女王様が呼びつけたのは、劇団DULL COLORED-POP主宰、谷賢一。舞台に上がるや否や誰も何も言ってないのにケツを鞭打たれるためズボンを下ろしはじめる、谷演出のウケを狙う姿勢は、もはや伝統芸。最後には女王様が無言で出て行ってしまい、ケツを突き出したポーズでの放置プレイで、締め。谷賢一様、遅ればせながら小田島雄志翻訳戯曲賞受賞おめでとうございます。
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次の出し物は渡邊亮さんの身体をはった「ストリップショー」。これはまんまです。B’zの「ultra soul」をBGMにブラックスーツを着た渡邊亮さんが、黄色い歓声を受けながら勿体ぶって一枚一枚服を脱いでいく。と思ったら、どういう仕掛けか分からないですけれども、一挙に服が脱げて「迎春」と書かれた紙を股間に貼っただけの全裸の姿に。これもまた、連続写真で見ていただきましょう。ただ、最後の全裸の写真だけは自粛して載せません。当日来られた方の胸の内の素敵な想い出とさせてください。
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そして、次が百花亜希さんの「ももちゃんとお医者さんごっこ(別途オークション制)」。オークション制っていうのは文字どおり、舞台上で百花亜希さんとお医者さんごっこをする(女医の格好をした百花さんの診察を受ける)権利を一番高い値をつけた人が競り落とせるというシステム。開始前から、「この日のために三万円用意してきました」と豪語する谷演出は自ら競り落とす気満々、いつの間にかオークションの司会として登壇した東谷さんも、「そこそこ高い額が出るまでは、競りは終わらせません」と客席を煽ります。とはいえ、落札に支払われるお金は日本赤十字社に寄付されると決まっているので、そんな生々しいアレじゃないんですけれども。
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で、最初は10円からはじまったオークション、100円単位のちまちました推移が谷演出の入札のたびに500〜1,000円単位で値上がりし、だんだん入札者が振り落とされていく流れで、たしか、4,500円を越えたあたりから谷演出と或る青年との一騎打ちになったんじゃなかったでしょうか。あるいは三つ巴だったかも。その手前からの推移で言うと3,500円→4,000円→4,500円→4,800円→4,900円というきわどいデッドヒートの果てに、客席からついに「5,000円」の入札コール。それに被せて谷演出が渾身の「5,500円!」入札。しかしさらにその上に客席からの「6,000円」入札コールが出て、さきほど言及した一青年が、最終的にお医者さんごっこの権利を落札したのでした。熱い資本主義の暴力がシアター風姿花伝を吹き抜けた十分弱──。
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それから実際行なわれたお医者さんごっこの内容は……たわいないものでした。おでこを合わせて熱をはかったりとか、ま、そんな感じ。あとは問診中になぜか『アクアリウム』の話になったときに、百花さんの口から「あのお話の一週間後にすみちゃんは、死にました」という衝撃の事実が語られました。合掌。
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しかし、これで終わりかと思ったら谷演出の鶴の一声で第二次オークション開始。谷演出は第一声から6,000円入札。お客さんにやらせる気はゼロです。そこから始まった、今度は谷演出を患者にしてのお医者さんごっこ、僕は夕方四、五時ごろになると不安な精神状態をまぎらすために大量に飲酒してしまうんです……という真面目な悩みを相談する最中に「それと、陰嚢と肛門のあいだに吹出物が出来てしまったんですが……」と下ネタを挟んで平常運転の谷演出、対して「それは、鬱ですね」と軽く受け流す百花女医。谷賢一様、遅ればせながら文化庁芸術祭優秀賞受賞おめでとうございます。
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つづいての出し物は、一色洋平さんの「あいのことば〜for you〜」。タイトルだけだと何のことか分かりませんが、休憩時間中にお客さんたちが書いた言葉を、一色洋平さんがどんなものでも舞台上で朗々と読んでみせるという企画です。放送禁止用語でも何でもござれ。まずは冒頭、以下の格好で「濡れてるかーーーい!」と挨拶する一色さん。つづけて「濡れぬなら 濡らしてやろう それが俺」という謎の川柳を飛ばして絶好調。お客さんから募集した文句を読んで、噛むか、すべった場合には、一色さん自身が一発芸をやるという厳しいルールを自分に課し、朗読に挑みます。
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そうして読まれた「あいのことば」ですが、実際に愛の言葉らしいものはほとんどなかった気が……。「ファンの女の子? みんな俺が喰ったよ」みたいなヒドいものから、「一番最初に産まれたらから、長男なんだなー」みたいな意味不明のもの、「言葉なしで愛を表現してください」とか「水戸黄門がマゾで助さん格さんに責められるというコントをやってください」というお題まで、あさっての方向にバラエティ豊かな「ことば」が寄せられました。以下の写真は、「水戸黄門が……」のお題を実行する最中、これから尻を突き出して「見ーて肛門!」と絶叫する直前の一色さんですね。一色洋平という俳優の底知れない業のようなものを感じます。
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そしてイベントのあいだにも求道の姿勢を忘れない一色さんは、自分の朗読に対するお客さんの反応がいまいちだったときには、自らその償いのために、一発ネタを披露しまくります。次の写真は、その一発ネタのうちの一つをやっている一色さん。えーっと……たしかこれは……こういうふうに壁に頭をつけて斜めに立ち、なんか「二択までは絞れたんだよなー」「地軸が曲がっているか、俺が曲がっているか、どっちかなんだよなー」とぶつぶつ言うという一発芸だったと思います……。その瞬間、観客のすべてが「ツンドラ」というイメージを共有しました。2013年7月に行なわれたダルカラのワークショップ http://bit.ly/Nst14T において、谷演出が「俳優が自分のイメージを信じれば、それは必ず観客と共有できる」と言っていましたが、それはおそらくこういう意味だったのでしょう(違います。為念)。
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退場間際にも、素敵なサービス精神から一色さんはさらに一発芸を披露してくれましたが、えっと、あの、筆者には、本気で意味が分かりませんでした……(スイスには戦争がないから云々、というネタ)。どなたか講釈をよろしくお願いいたします……。

最後は、中間統彦さんの断髪式です。なんと言うか、これからまだ地方公演があるのに「ゆうき」役の中間さんを丸坊主にしてしまうという企画自体に、根拠不明のフロンティア・スピリットを感じます。なぜ公演期間中に役者を坊主にしていけないのか? いけないはずがない! 中間さんにとっては生涯初めて丸坊主にする経験であるらしいこの断髪式、われわれは中間統彦と同時に「ゆうき」が変貌していく瞬間も目のあたりにしました。
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断髪を執り行うのは大原研二関。天の声(CV:谷賢一)との対話──「余は神なり。断髪の儀、これは汝の意志なりや?」「わたくしの、意志でございます!」──という予定調和の問答の後に、大原さんの一刀から中間さんの断髪が始まります。
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それから、やたら勇壮なBGMが鳴り響く中、出演俳優の方々や、
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お客さんもみな舞台に上がって、中間さんの頭髪にバリカンと鋏を入れていく。
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最後に刃を入れる谷演出。
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そしてついに丸坊主になった中間さん。
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すると、なぜかその姿がSIAM SHADEのボーカルに似ているというだけの理由で、中間さんはL’Arc~en~Cielの「Ready Steady Go」を歌わされます(SIAM SHADEの曲を知らなかったため)。歌わされるというか、突然舞台上を走りまわって歌い始めたので、全員呆気に取られたのちに爆笑です。「こんな素敵な夜、そしてこんな素敵な体験、みなさん、奇蹟だと思いませんか?」という谷演出の断髪式の締めの挨拶を、私も肯んずるのに吝かではありません──。
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このあとに、シアター風姿花伝の支配人・那須佐代子さんからちょっとした挨拶があり、そしてダルカラ恒例の一本締めを経て、『アクアリウム』年越しイベントは終幕したのでした。……意外と覚えているものですね! とはいえ以上はすべて記憶と殴り書きのメモをもとに再構成したものですので、実際行なわれたこと、言われたこととは細部は相当異なるはずですし、写真の説明すら間違っている可能性が大です。その点悪しからずお赦しください。

〈了〉

イベントレポート – 一色洋平WS「体の把握とメンテナンス」(12/27)

(掲載写真のなかで舞台セットに関する軽いネタバレを含みます)

「意識が意識に対して直接問いたずねることは、また精神のあらゆる自己反省は、危険なことである……それゆえ私たちは身体に問いたずねる。」(或る哲学者)

さて今回は、先日シアター風姿花伝にて『アクアリウム』上演後に行なわれた一色洋平さんのワークショップ、「体の把握とメンテナンス」をレポート致します。とはいえ、専門のトレーナーである一色さんが教授することは本来有償であるべきものなので、内容を詳しくお伝えすることはできません。冒頭、今回のワークショップでは、「万人とって面白い知識を、種まきみたいにばぁーーっと蒔いて持ち帰ってもらうつもり」という説明がありました。そして実際そのとおりの情報密度の高いワークショップでしたけれど、その知識一つ一つをここで書くことは、しません。アウトラインを示せるのみです。そのアウトラインを読んだだけでも興味をそそられたという方は、是非、一色さんのパーソナルトレーニングを受講してみてくださいね。詳細は一色洋平さんのブログのトップ記事に記載されています。

事前に公表されていたプログラムはこんな感じでした。

■座学(知識の伝達、間違った身体知識の訂正)
■自分の体の歪みを知ろう
■自分一人でどこでもできる、体のメンテナンス運動
■お客さまのご希望に沿い、体幹/ダイエットなどのトレーニング運動
■未開発の腹筋「深腹筋(しんふっきん)」を開拓しよう

そして、おおむねこのプラグラムに沿った知識が次々一色さんから伝達されるという二時間弱でしたが、根本にあったのは、受講者全員に自分自身の身体を正しく把握して欲しいという情熱だと思います。ワークショップのタイトルどおりですね。そして正しい把握のためには、正しい知識が不可欠。最初の方で「市民ランナーの方がフルマラソンに参加する前にすべきウォーミング・アップっていうのは、一つだけでいいんですが、それって何でしょう?」という問いが一色さんから投げられ、受講者の何人かが答えてみたけれども、正解は出なかったということがありました。たぶん、もとから答えを知っていないかぎりほとんど正答できないと思われます。持久力を活性化させるためには端的に何が必要か? そんなことについてすらわれわれ常人は答えを知らない。それほどに身体について無知である。そしてそれ以降一色さんから教授される知識も、どれも耳新しいものばかりでした。
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基本的にワークショップ受講者の顔ぶれはアスリートではないので、何ヵ月も持続してやって効果が出るものではなく、効果の早い対処法を、肩凝りに対してはこれ、腰の歪みに対してはこれ、膝の痛みに対してはこれ、というふうにポンポン教えてもらう形で講義は進みました。それに加えて、簡単にできる整理運動、アイソメトリックトレーニング、体幹トレーニング、運動神経のトレーニングなど、誰でもパッと実践できて有効に用いることのできるトレーニング方法を、これでもかという勢いで数々教授してくれる一色さん。しかもその一つ一つについて、われわれが間違った知識を正せるように、簡潔な理論的な補足説明もなされます。たとえば、冬になって筋肉が固くなって凝りやすくなるのに対しては、ただ、●●をするだけでいい。それだけで効く。なぜなら●●の●●●作用で●●が●●するからである……みたいに。完全に二〇〇〇円でお釣りが来るレベルの情報量です。

小ネタも豊富でした。トップアスリートたちの逸話。アジア人特有の身体性について。●●●するとなぜ冷え性が治るのか。風呂場でできる簡単ダイエット。風呂場でできる簡単血流促進法。「ダイエットしたい! でも余計な筋肉は付けたくない!」というわがまま女子へのアドバイス。車に乗っていて踏切に閉じ込められたとき生き延びる方法(これはどうでもいいか……)。そんなふうな、トレーニング以外でも知っておけば何かの役に立つであろう情報が合間合間に仕込まれて、受講者としては退屈する暇がありません。ワークショップ中はつねに資料の束を持ち、演劇の余興ではあり得ない、前夜からしっかり準備してきたらしい充実した講義内容、それを可能にした一色さんの熱誠に、頭が下がります。
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さらには自ら身体もはってみせる一色さん。というのは、プログラムにもある「深腹筋」がどこにあるか実感してもらうために、舞台に横たわって受講者に自分の腹筋を触らせるという一幕があったのでした。たしかに、「深腹筋」というのはわれわれが普段知っている腹筋とは別のところにあるもので、内転筋につながっていて非常に重要な筋肉である、と説明を受けても存在を実感しにくいものです。存在が実感できなければ、トレーニング中でも意識しにくい。ならば実際自分の鍛え上げた腹筋に触れて場所をたしかめてもらえばいい。この発想がすかさず出てくるところに、身体性に根ざした一色さんの明朗さを感じます。下の写真はそうして受講者の方々に自分の腹筋を触らせている一色さんの図です。写真中、もう一人、舞台奥で腹筋を触ってほしげに横たわっている男性がおりますが、誰も触りに行かないことから、いろいろと察してください。彼の芸人根性と無視される哀しみを──。
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という次第で、おそらくは観劇したひとの三分の一ほどは参加したんじゃないか、というくらい盛況だった一色洋平さんの「体の把握とメンテナンス」ワークショップ。実は元陸上部なのでちまちまトレーニング関係の本を読んだりする筆者でも、相当勉強になりました。さらに身体について個人的な課題を持っている方なら、一色さんの聡明で機敏な指導から多くを学ぶことができると思います。では、最後にもう一度一色さんのブログ記事を紹介してこのレポートを締めます。さあ、みなさんも真摯に「身体に問いたずね」てみましょう、クリック!

【パーソナルトレーニング受講者、ワークショップ受講団体募集のお知らせ】|『いっしきにっき』
http://ameblo.jp/yohei-isshiki/entry-11684849009.html

イベントレポート – クリスマスパーティー(12/24)

(例によって、舞台セットやシーン内容についての軽いネタバレを含みます)

出演俳優の方々と『アクアリウム』の演技・演出の細部についてアツく語り合う一時間──。たまにはこういうクリスマス・イヴがあってもいいはずだ。

というわけでわたくし、24日は火曜日の18:00〜の回の後に行なわれた『アクアリウム』のクリスマス・イベントに参加してきました。イベントといっても実質的には、お酒を飲みながら出演俳優の方々と歓談するという交流会に近いもので、29日(日)に行なわれる大忘年会の前哨戦という趣き。もちろん大忘年会の方が有料である分、時間も長く、また食べ物なども豪華になるでしょうが……なるはず。いずれにせよ、度々こういう交流の機会が得られることは観客にとっても幸いと思います。

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まずは、誰もサプライズさせないサプライズ衣裳を着て主宰・谷賢一氏が登場。中村梨那さんが着ていたワニの衣裳の上に、中間統彦さんが付けていたクリスマスの小道具やら飾りやらを羽織るだけというやっつけぶり、しかしそうまでしてなんとか普通でない格好をしてみせるという出所不明のサービス精神に、われわれは図らずも感動を覚えます。「宗教なんか関係ねーよ! キリスト教徒も! 仏教徒も! 手をとりあって、仲良く、楽しく、今日ぐらいは平和に過ごそうよ!」という切実な訴えかけの後に、全員がお酒をついだコップを持って、世界平和を祈りつつ乾杯。
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その後はゆるりと観客・俳優・スタッフ入り交じっての歓談タイムに移行。『アクアリウム』上演してすぐ後のことということもあってか、今さっきの上演内容について細かいことを質問しても、みなさん気さくに答えてくださいました。

例えば。複数回観劇された方はすでに気づいているでしょうが、前半にある、てつ(東谷さん)の「じゃあ幹事、何かやれよ。」の前フリから始まってゆうき(中間さん)が立ち往生するというシーンは、公演期間中にも相当変化していっています。東谷さんによれば、以前は東谷さんがその場で中間さんにアドリブでお題を出して(例:「郷ひろみの物真似やれ」)リアルに中間さんを戸惑わせていたのだが、それでも上手く「すべった」感じが出せないということで、数日前からそうやってお題を出すことを止め、代わりにゆうき(中間さん)のリアクションに対し「それ可愛くないから」とてつ(東谷さん)が突っ込みを入れるという形に変えたのだそう。余談ですが第十一回レポート http://bit.ly/1iNqbGb で「実現したい雰囲気というものがなかなか作れな」くて苦労していたというのは、このシーンのことでした。そして、公演期間中もまだまだその試行錯誤はつづいている。そういう興味深い裏話も東谷さんから聞くことができました。

或いは。しんや役の渡邊亮さんからは、しんやに振られている重要なモノローグ、長科白を成立させるためにどのような努力しているかということを伺うことができた。観る者にはどうしたって印象に残らざるを得ない、後半にあるしんやの異様にぐるぐる動揺しながらの長科白──自分が稽古場で見ていたものから一番飛躍していると感じていたのが、これです。その裏には、実は数々の工夫の積み重ねがあった。まずは、しんやが舞台に登場する前の感情を準備するという段階で、意識的な努力がなされている。渡邊さん曰く、その時点ですでに、さまざまなイメージ、例えば●●の●●を●●●●するといった凄惨なイメージをありありと想像することによって、自分の動悸を烈しくし、動揺を鋭くしていくということをやっている。そして舞台に出て後、自分の台詞を喋るときには、当然一つ一つの台詞が出て来る動機をあらかじめ読み込んでおき──例えば「死んだ方がいいと思うこともあります」「でもどうしてもそれは違う気がする」という二つの台詞の間で内的にどのような変化があるか?など──さらにそれを舞台上で自分の視野に入って来るもの(てつやゆかりたちの視線)に対するリアクションで補強しつつ、或いはそのつどイメージをしっかり置きつつ、しかも、そのイメージを毎ステージ毎ステージ変化させつつ(同じイメージに対して毎回同じ感情が沸き起こるとは限らないから)、それでいて!長い長い台詞を貫いているダイナミズムの線は一つに収束していくようにと意識しつつ、ほんとうにまだまだ台本と格闘するつもりで、やっている、との由。25ステージを終えた今もなお、谷演出と渡邊さんとで「しんや」という人物を考えていくという努力はつづいている……。実際にお話を伺うと、これからも(12/26〜12/31の東京公演、その後の福岡・大阪・仙台・岡山公演で)さらに『アクアリウム』という作品が進化していくであろうことを実感できます。

日々自分の役が変化し、細かいところで彫琢されていっているというお話は、他の俳優の方からも伺うことができました。単純にゲスト俳優の違いというだけでなく、もともと演出が緻密な作品なだけに、細部での変化も濃やかに味わうことのできる『アクアリウム』、東京公演は残すところ十指に満たないですが、二度三度のリピート観劇をお勧めいたします。あと、29日の大忘年会は出演俳優のみなさまに作品の裏話も聞ける貴重な機会として、時間に余裕がある方は参加してみると大いに有益だと存じます。(※執筆時は12/25)

では、最後に写真を一枚。この日は実はDULL COLORED-POP劇団員の東谷英人さんの誕生日でもありました。ならば普通にお祝いすればよいところ、あの男がそんな単純なことをするわけがなかった。舞台に東谷さんを上げた上で、「菊池」の格好をした谷演出と「部長」大原さんとで謎の小芝居が始まります。「部長! 大変な情報を手にしました! 今日はクリスマス・イヴであるだけでなく、東谷英人さんの誕生日だったんです!」「よーし! 全員で! ハッピーバースデーを歌ってやる!」可愛げのない菊池……誰も得しない過剰なサービス精神に脱帽です。
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(東谷さん、渡邊さんのお話は筆者が記憶で再構成したもので、およそお二人が語った内容そのままではありません。)

INTERVIEW – 百花亜希さん

つづいての『アクアリウム』出演者インタビューは、DULL-COLORED POP劇団員、他の人の稽古からでも学べるものは何でも学ぶ、演劇に取り組む姿勢が怖いくらいの真剣さ、百花亜希(ももか・あき)さんです!

────劇団員の方へのインタビューは客演の方とは切り口を変えて、今現在語りたいトピックをそちらから出してもらって、それを掘りさげるというかたちにしているんですが、百花さんの場合、とくに思い当たらないということで、こちらからの提案になります。トピックは「谷賢一作品の面白さ」。百花さんの念頭にある具体例は、まずは『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』だと思いますが……。
百花 『アクアリウム』でも、その面白さっていうのは共通してあるなと思います。ワニとトリが出てくるところとか。まあ観たら大体思うことかと思いますが、そういうポップな発想がありながら、一方で「抉る」部分があるのも、共通してるなって思う。「抉る」っていうのは……『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』では母親のよし子が色々追い詰められて、洗剤の「ジョイ」の名前をしきりに口にするシーンとかあるじゃないですか、ああいうとことか、見てて、人が生きているの苦しいなあ、痛々しいなあって感じさせるようなことを、描いている、だけどだけど、なんていうか、その嫌な感じで終わらせないで、ハッピーエンドではないけど、そのしんどい感じだけでは終わらせない、まあ言ってみれば劇団の名前「鈍色ポップ」っていうイメージどおりに、ポップな面と鬱な面とをちゃんと両方兼ねそなえたところに着地する。そういう面白さ。もちろん新作では新作なりに未知の試みに挑んでいる部分はありつつ、その面白さは、『アクアリウム』でも共通してるなって思います。

────その、『アクアリウム』のなかで「抉る」部分に相当するのは、たとえば「ゆう」みたいな登場人物に関するシーンなどでしょうか。
百花 ゆうもそうだし……そう、今のところ見ているなかで一番ゆうが可哀想だなって思います。ま、実際はどの登場人物にもそういう素地はあるんでしょうけど、わたしは、一番、ああゆう可哀想って思っちゃうし、てつとかゆうに対して酷いな、って思うし。でも多分『アクアリウム』はそのきつい感じだけでは終わらないで、色んな要素が混ざっていって最後には・・・?! それはまだ稽古が進んでいく中でどうなるか分からないし、本が全部できてからだから、断言はできないんですけど。(※インタビュー収録は11/23で完本前)

────でも、そのポップな部分はともかく、百花さんが谷さんの作品の「抉る」部分にも面白さを感じるというのは、どういう理由からでしょうか。一体に、演劇のなかで人が苦しんでいたり、痛ましく追い込まれていったりするのを見たい、ということなんでしょうか?
百花 うーーーん。なんだろ、日常生きてると……いや、でも違うのかな……。分かんない……。分かんないですけど、でも自分がたぶん演劇をやっていく上で、そういう役、とゆうか、そうゆう抉り抉られがやりたいのかも。たぶん。私がやりたいんだと思います。普段は自分のしんどさとか苦しさとか辛さとか、人前で出さずに、仮面で生きてるのかもしれないから。へへへ。

────普段だったら他人の目を気にして出せないネガティヴな感情を、舞台の上でさらけ出すことによって、そうしたネガティヴな部分も含めて現実なんだと、表現として肯定する、ということでしょうか。
百花 うーーーーん。それも違うかもしれないです。難しい……分かんない。どうだろ。分かんないけど……でもなんか、見たいんだと思います。きっと、そういうふうに人が追い詰められていくところって、あんま普段見ないじゃないですか。そうでもないか、見もするけど、でも、キレイなままじゃないのを見たい。っていうのがあるのかもしれない。いや、そういう人を演じてみたいっていう方が大きいですけど。

────じゃあたとえば『プルーフ/証明』のキャサリンとか。
百花 うん、あれはすごい楽しかったです。いや、やっているときは苦しいんですよ、とっても。キャサリンという役が難しいからっていうだけではなくて、それ以外にも色々のっかってくる問題でしんどいなって思ってしまったとこはあったけど、でも、なんか分かんないけど、普通に生きているんだったら味わえないアドレナリンみたいなのがキャサリンをやっている間は出てて、そういうのを一生のうちに何日か、数時間だけでも体験できるっていうのは、なんか、貴重で、楽しいな、って思ってしまいます。

────(インタビューアップ直前の追加質問)では、新作『アクアリウム』において百花さんが演じられる「すみ」という役は、作中どのような位置づけにあり、どのような意味を持っていると意識されていますか。
百花 すみちゃんね、わたしも探し中です、正直。本番やってく内に、こーかも、とか、あーかも、とか。稽古でやってたのと、本番中に何度も演出から変更あったりもして。二回めのゲネ前か後だか、わからなくなってアホみたいに泣いてました。
そだなーわたしが思うのは、どっか異空間にいるよな感覚はあります。少しね。
作品全体の流れによってもすみちゃんの印象とゆうか、位置?みたいなのも、きっと変わりそだなと。すみちゃんはこうなんだよ、とかゆうのもあれなんで、観て頂いた方に委ねます。

────興味深いお話をありがとうございます。では最後に、このインタビューを読まれるみなさまにメッセージをお願いします。
百花 もう本番も残り8ステージと差し迫った時に投稿(※12/26)で、遅くてごめんなさい。今思うのと、多少違ったりもありますが、この時は、こんなこと話してたんだなぁと。残り8ステージ! ぜひぜひ、観に来て下さい。噛めば噛むほど、な作品だと思います。

★百花亜希さんの『アクアリウム』チケット個人予約ページ(東京公演12月分のみ)
https://ticket.corich.jp/apply/51045/009/
★百花亜希さんのtwitter
https://twitter.com/MomokaAki
★百花亜希さんのブログ「注文の多い百花店」
http://blog.goo.ne.jp/hawaiian_aki

イベントレポート – アクアリウム体験ワークショップ(12/15)

先日、普通だと思われたい、という日本人らしい心理から稽古場付記者の立場を離れて「普通の観客に戻ります!」と宣言したわたくし──。ところがかつて「普通の女の子に戻りたい」と泣き叫んで解散したキャンディーズの伊藤蘭が数年後にまた芸能界に復帰したのよろしく、当レポートもまた、散発的に復活するのです。「別に最初からおまえ普通の観客じゃねえか」という突っ込みはあまりに正鵠を得ているので、止めてください。さて、今回掲載するのは12月15日(日)に行なわれた『アクアリウム』限定ワークショップのレポートです!

レポート本文に入る前に。写真を多数用いたこのレポートは、『アクアリウム』の舞台セット・シーン内容に関するネタバレをあからさまに含みます。ですので、まだ『アクアリウム』をご覧になっていないという方は、そっとブラウザを閉じてください。そして反省してください。さらに「何故俺はまだ『アクアリウム』という傑作を見逃したままでいるのか……Why?」と自問自答してください。というか『アクアリウム』を観ていないのに『アクアリウム』限定ワークショップのレポートに興味を持つ不思議なひとがいるとは思えないので、この注意書きは無駄かもしれないですが、とまれ、まったく前情報なしで『アクアリウム』という作品を楽しみたい方は以下を読まれないことをお勧めします。来るなら来てみろ! 俺はネタバレなんぞ恐れない!という果敢な方のみ、画面をスクロールしてレポート本文へ飛んでくださいますよう、よろしくお願い致します。








































まずは一枚の写真の説明からはじめましょう。
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『アクアリウム』をすでに観劇された方なら、この写真の意味するところはお分かりですね。これは実際に舞台に立って、舞台奥から客席を写したものです。舞台に当たっている照明、アクアリウム、客席との距離がどう感じられるかということが如実に分かります。こういった、観客にとどまっていたら絶対に立つことのできない視点に立てるということが、まずはこのワークショップが「体験」ワークショップと名付けられている所以と言えます。

時と場所は、12月15日の日曜日、15:00〜の一ステージを終えたあとの19:00から、シアター風姿花伝の劇場内にて「アクアリウム体験ワークショップ」は行なわれました(22日にも同内容のワークショップが実施されます。詳しくは→ http://www.dcpop.org/stage/next.html#ws )。参加者は十数名と比較的多数で、しかも15日と22日に振り分けられていた出演俳優の方々でしたが、この日はお時間があったのか十名全員(+ゲスト出演者の山崎彬さんも!)の登場で、非常ににぎやかな雰囲気でのワークショップとなりました。下の写真は無駄にホラーな照明のもと、アクアリウムの後ろで最初の挨拶をしている谷演出です。「本日はご参加ありがとうございます……」
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「アクアリウム体験ワークショップ」を開催する意図については、すでに谷演出手ずからの文章がブログに掲載されています(『アクアリウム体験WS』をやる意図と狙い http://bit.ly/1cKEhTn )。その狙いを一言で言えば、お客さんの演劇への関わり方を「観に行く」以上のものに広げてみること。それも、しかつめらしい演劇講座という形ではなくて、もうちょっと気軽に演劇を「自分でやる」ものにするための機会を提供すること。そしてその素材として、現在目下公演中の作品の舞台美術/出演俳優/演出(照明、音響)をそっくりそのまま流用してしまうこと。公演期間中の作品「体験」ワークショップ──こういうのに前例があるのかどうか寡聞にして知らないのですが、思うにあまり類例のない、「演劇屋」を自称している谷賢一氏らしい企画・発想のように思えます。実際、参加者の中には、現在進行形で俳優として活動されている(ないしは学んでいる)方だけでなく、普段は演劇とは全然関係のない仕事をしている方や、観劇を趣味としながらも舞台に立てるほどの才能は自分にはないと思いつつ……でもちょっとぐらいは俳優の立場を体験してみたい……という動機で参加された方もいらっしゃいました。「演劇未経験者大歓迎!」の言葉に二言はないのです。下の写真は谷演出からワークショップの説明を受けている参加者のみなさま。
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「自分でやる」ものとしての演劇。お客さんにその機会を提供すること。その試みとして今回のワークショップで参加者に渡されたテキストは、作品『アクアリウム』の台本から1〜2頁ほどの長さのシーンを幾つか抜粋して並べたものでした。参加者はそこから自分のやってみたい役とシーンを選びます。そして、なんと相手役の出演俳優の方と一時間ほどちゃんと読み合わせの稽古を行なって(同一シーンに希望者が複数いた場合はグループで稽古する)、その後、まさに劇場内で上演時そのままになっている舞台美術の上で、上演時と同じ照明と音響のもと、『アクアリウム』出演俳優を相手役としてシーンを演じるという「体験」をすることができるのです。別に、上手く演じなきゃならないなんてことはありません。谷演出もとくにダメ出しなんてしません(コメントはもらえます)。そこでは単純に『アクアリウム』の作中人物になりきって、そのシーンにおける感情を体験するという楽しみがある。ゆかりさん(中林舞さん)から○○○されるというマゾ的な楽しみ。部長(大原研二さん)の怒声に対して必死にリアクションしまくるという面白さ。さらには参加者の頑張り次第で、場合によっては実際に上演された『アクアリウム』とはまったく違ったテイストの『アクアリウム』が展開することもある。下の写真は出演俳優の主導のもと、読み合わせの稽古を真剣にやっている参加者の方々。
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そして練習の成果の発表会。これ、トリのぬいぐるみの中にいる方は若林さんではなくて参加者の方です。実際の上演のものより斜め上方向にコミカルになっていましたが、それでも成立しているように見えるのが面白い。
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次の写真は、てつ(東谷さん)とゆう(参加者の方)のあのシーンですね。こういった絡みも含めて戯曲『アクアリウム』の世界を文字どおり実地体験できます。
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以下は、緊迫した表情のてつ(東谷さん)とゆかり(中林さん)に挟まれての、さらにはワニ(中村さん)、トリ(若林さん)、ゆう(堀さん)らに囲まれての、きわどく動揺していくしんやを演じる参加者の方。実際のしんや=渡邊亮さんと参加者の方との個性の差分が、そのまま立ち上がるシーンの印象の違いへとつながっていきます。
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で、とりあえずわたくし自身も参加してみたので──しかも自分は演劇をやっている人間でもなければ、俳優志望の人間でもありません──その立場から感想を言ってみますと、……当たり前のことなんですが、何度でも反復することができる上に、客の視線を受けないシーン稽古という段階と、照明・音響・演出あり、客の目線ありの一度きりの瞬間においてシーンを演じるということは、全然別の体験なのですね、ということ。その瞬間には、緊張もするわけですけれども、集中力も高まるしテキストの読み方も客との関係性のなかで変わっていってしまう、ということ。そういった舞台上のその場かぎりのライブ感が、「演劇」の醍醐味の根っこなんだろうか、と。そんなふうなことを、実際やってみて、考えました。これはやはり直に舞台に立って照明を受けて、相手役の生身の俳優を前にして、観客(といっても今回の場合は他の参加者+俳優陣+谷演出)のプレッシャーを受けつつやってみないと、実感できないことなのかもしれません。そういう意味でも、舞台美術、俳優、照明・音響が実際の上演時のものとほとんど同じという状況で演劇を「体験」できる今回のワークショップというのは、たしかに、演劇未経験者に対してこそいっそう新鮮で大いに訴求する企画なんだろうな、という気がします。バックステージツアーならぬオンステージツアー──面白い試みです。

ちなみにこの「アクアリウム体験ワークショップ」は、舞台セットの中を歩いて、舞台裏にまわって、楽屋まで降りていって、外回りでまた劇場入口まで戻ってくるという「バックステージツアー」も兼ねています。すなわち、ワークショップ前半の数十分をつかって舞台、楽屋の見学をします。そのときには、上演中客席からは絶対に見えないような細部まで舞台美術を視認することができるし、アクアリウムの中の魚の数を数えることもできるし、谷演出の音響のこだわりについてのレクチャーを聴くことができたり、舞台裏の超狭い空間を実際に歩き回ったりと、インサイダー的な立場から『アクアリウム』の舞台の構成要素をひととおり体感することができます。とはいえ、実際何を見られるかお伝えするには、写真を載せた方が早いですね。以下は何の写真でしょうか?
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舞台奥の壁に掛けてある掲示板です。どう考えても客席に坐っていてはこの文字は読めません。にもかかわらず「年末大そーじ忘れるな!!」の文字の下に、「12月の目標」として各住人の今月の目標がちゃんと各人の個性を反映しつつ書き込まれています。
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これは何か。よーく見ると「B’z」の文字が読めますね。すでに観劇された方なら「光嶋さん、ほんとに用意してたんだ……」と衝撃を受けること請け合いです。
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何でしょうかこれは。とくに秘すことじゃないので言いますと、楽屋に通じる階段の上にある小道具置場です。発泡スチロールのカツ丼やシュークリームといった剣呑な兵器がここに格納されています。その他、絶対に観客の目のとどきようのない『アクアリウム』の舞台裏を、参加者はとりどり見学することができます。

簡潔に言えば。今回の「アクアリウム体験ワークショップ」、要するに『アクアリウム』という作品を使って、お客さんらとシアター風姿花伝で遊んじゃおうというイベントです。非常に敷居が低い上に、とくに演劇未経験者の方にとっては、滅多に経験することのできないことを味わえる三時間になりますので、もし、以上のイベントレポートを読んで興味もたれた方いましたら、22日にももう一度開催されるワークショップに参加してみるとよいと存じます。すでに『アクアリウム』を観劇されてこの作品を気に入っているというのでしたら、なおさらです。ただし! 老婆心ながら一つだけ忠告しておきますと、「演じてみたいシーン」の選択で、しんやのモノローグないしは少年Aの長科白を選んでしまうと、二時間ぐらいまったく出演俳優の方と絡みがないまま時間が過ぎる(相手役が必要ないシーンなので、「稽古」と言っても独りで台本を読むだけ)という大変ソリタリーかつソフィスティケイテッドな状況に陥る羽目になりますので、止めた方が無難です。この点は経験者の言うことを聞きましょう。みなさまがわたくしの二の轍を踏まず「アクアリウム体験ワークショップ」を最大限楽しんでいただけるなら、筆者としてこれに勝る喜びはありません──。

イベントレポートは以上です。最後に、写真を一枚。このハンモックに腰掛けているチャーミングな男は誰か?──すでに観劇された方には説明するまでもありませんね。十二人目の出演者、「竹井ーーーーー!」こと舞台監督助手の竹井祐樹さんです。舞台美術について気軽に質問すれば丁寧に応えてくださるので、疑問に思っていることなどあればワークショップ中どんどん話し掛けてみるとよいですよ。
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稽古場レポートまとめ

※連載期間11/5~11/28

稽古場レポート第一回 – 11月5日 http://bit.ly/18ufmlm
稽古場レポート第二回 – 11月6日 http://bit.ly/1jBfowD
稽古場レポート第三回 – 11月7日 http://bit.ly/19tyJIB
稽古場レポート第四回 – 11月9日 http://bit.ly/IzKS82
稽古場レポート第五回 – 11月10日 http://bit.ly/18Nnno9
稽古場レポート第六回 – 11月12日 http://bit.ly/IViGwt
稽古場レポート第七回 – 11月13日*14日 http://bit.ly/1dZgvWZ
稽古場レポート第八回 – 11月16日 http://bit.ly/J47v5i
稽古場レポート第九回 – 11月17日 http://bit.ly/J47xdg
稽古場レポート第十回 – 11月19日 http://bit.ly/1iNq9xV
稽古場レポート第十一回 – 11月20日 http://bit.ly/1iNqbGb
稽古場レポート第十二回 – 11月21日 http://bit.ly/IVjgtT
稽古場レポート第十三回 – 11月23日 http://bit.ly/18h9Ncg
稽古場レポート第十四回 – 11月25日 http://bit.ly/1faxgeL
稽古場レポート第十五回 – 11月26日 http://bit.ly/1iNqL6H
稽古場レポート第十六回 – 11月28日 http://bit.ly/1gi7kBb

       *

INTERVIEW – 中間統彦さん http://bit.ly/18ufTUx
INTERVIEW – 渡邊亮さん http://bit.ly/18uOxdY
INTERVIEW – 一色洋平さん http://bit.ly/1gQscgh
INTERVIEW – 東谷英人さん http://bit.ly/1gi6Tqy
INTERVIEW – 中村梨那さん http://bit.ly/1f086is
INTERVIEW – 大原研二さん http://bit.ly/1gi72dz
INTERVIEW – 堀奈津美さん http://bit.ly/1gi7acZ
INTERVIEW – 中林舞さん http://bit.ly/1gi7bxq
INTERVIEW – 百花亜希さん http://bit.ly/1kHva9N
INTERVIEW – 若林えりさん

       *

今後もイベントレポート等が掲載される予定ですので、時々この特設サイトをチェックしてみてくださいませ。

谷賢一からY氏へのメール(12/8)

From: Kenichi Tani
Sent: 2013年12月8日 0:12
To: Y
Cc: 元田暁子, 福本悠美
Subject: Re:頼まれてもいない宣伝レビュー草稿

Yさんへ(CC: 元田 福本)

レビュー。
と言うよりは、批評?
と言うよりは、批評を通じた自己表現。
拝読しました。

批評とは何か、ということについては、僕はスーザン・ソンタグの『反解釈』、
これにほぼすべて依拠しているわけですが、
この物語を「解釈」することを通じて、Yさんという人間性が顕になっている気がします。

稽古場に長くいた分、それはもちろん一度観たお客さんより深く読んでいるとは思いますが、
それ以上に、Yさん自身の人柄や主義主張、世界観が現れており、
僕はそれを悪いこととは言っていない、むしろ批評という文章活動はそういうものなのです。
であるからして、僕はこの「批評」を、大変興味深く拝見しました。
答え合わせのようなことは致しません。ただ、ありがとうございました、とだけ。
いくつか、僕以上に読み解いた部分があることは、畏敬の念を込めて賞賛しておきます。


———-Original Message———-
From: Y
Sent: 2013年12月7日 11:32
To: DULL-COLORED POP
Subject: 頼まれてもいない宣伝レビュー草稿

福本悠美 様

拝復、
迅速のご連絡ありがとう存じます。Yです。
今回のメールは特に福本さん宛というのではないのですが、きっかけが「いかがでしたでしょうか。/是非ご感想、お伺いしたいです!」という福本さんのお言葉だったので、こういう形にしています。
というのは、実際その感想を書き始めたら、しかも些事ではなく本質的に自分が受け取ったことをそのまま書こうとしたら、どんどん長くなり、これはプレビュー期間後のちょっとした集客宣伝のためのレビュー(特設サイトに上げる)として体裁整えたら面白いかも、と思い付いたので、頭から書き直したのです。それが、以下に添付する文章です(3500字)。内容はネタバレを避ける意味もあって非常に抽象的です。なので、文体としてはあからさまに宣伝風に、口語的にしています。
えーっと。でも、この文章をどう取り扱うかは、お任せします。個人的には、これが特設サイトに上がったら面白いと思うんですが、宣伝になるかは全然分かりません。とにかく書き上げたのでお送りします。この文章の処遇についてご指示ありましたらリプライ願います。ご面倒かけてすみません。
それでは。
                敬答

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■宣伝レビュー、みたいなもの

劇団DULL COLORED-POPの『アクアリウム』。面白いぜ。観に行けよ。

え、観に行く暇がないって? 年末近いこの多忙な時期に演劇観に行く時間が割けないって? スマホ世代のわれわれ現代人にはわざわざ劇場まで足を運ぶ移動時間でさえ惜しいって? あっそう。じゃーそこ坐って。そこに赤い椅子あるでしょ。さ、坐ってくれよ、これから俺があんたがシアター風姿花伝に行く気になるまで『アクアリウム』の面白さを耳にタコができるくらい説明してやるからさ。どうぞ遠慮せず。ささ、腰を下ろして。おや? こんなところに職場でもらったシュークリームが……いやいや大丈夫大丈夫俺はいきなりシュークリームを投げつけたりなんてしないから。いきなり「観に行けやクソがーーー!」とかね、わたくしジャパニーズ紳士なんでそんなこと口にするはずはありませんね。さ、坐って。

『アクアリウム』の面白さを説明っと。さて。じゃあ、最初からきわどい話題に触れていこうか。……戯曲『アクアリウム』のモティーフの一つには、1997年の酒鬼薔薇聖斗事件があるっていう話だ。知ってた? まあ作・演出の谷賢一氏が方々で言及してるんだから特に秘すことじゃないんだけど。事件そのものは有名だね──事件は神戸市須磨区での連続児童殺傷事件として知られているけど、とはいえ、そこからさらに酒鬼薔薇少年自身のプロファイルを遡っていくと、自己破壊とも他者加害ともつかない人間の本質的な欲動の暗部を直視するようで、なかなか恐ろしい。彼のそういった側面についてももう数多の文献が出版されているので、谷賢一氏も当然それらに目を通しているにちがいないね。でも、別に『アクアリウム』は酒鬼薔薇聖斗のドキュメントをやろうって作品ではない。酒鬼薔薇聖斗の問題に素手で取り組みつつも、事件について今新たな解釈を提示しようという作品でもないんだな。なら、何か。

谷賢一氏は酒鬼薔薇聖斗を非常に個人的なものとして召還する。つまりあなたの/私の個人史における一つの忘れがたい記憶として。

なあ、人間って、怖いよね。俺は怖いよ。他人は何を考えているか分からないし。人間怖い。それは普通の隣人だと思ってた少年が実は殺人鬼だった、というような怖さではなくて、つねに彼の言葉ひとつで、彼女の視線ひとつで、あのひとの身振りひとつで、自分一個の存在が脅かされるということもあるのが残酷だ、って話なんだ。こいつは世代の問題もあるかもしれない。高度経済成長なり、福祉国家の永続性なり、冷戦構造下の安全保障なり、一億総中流社会なり、終身雇用なり年功序列なり、まあ何でもいいけど、そういう社会的包摂の力を全然信じられなくなった90年代以降に大人になった俺たちは、ひどく砂粒化した個人として、「信頼」とか「愛情」とかいうモノを扱うのに、あまりに臆病になっているのかもしれない。他者に触れることは怖ろしい。生の実相を覗き込むことは怖ろしい。火傷しそうなくらいに。なあ、たしかに酒鬼薔薇聖斗は社会の中でイビツな存在だったろうさ。きわめつけの。だけど、いくらかでもイビツじゃない一個人なんてこの世にいるのかな? 鏡の中のあんたの笑みには嫌らしい色が浮かんでないかい? 通勤電車に揺られるあんたの平衡感覚は正常かい? あんたが恋人と一緒にぼんやり雲をながめている時だって、世界には亀裂が走ってやしないかい? 人間は怖い。過度の被害者意識。身近な人間への攻撃性。内奥の罪悪感。ドス黒い自己嫌悪。最愛のひとへの殺意……。

戯曲『アクアリウム』のメインの舞台は「おさかなハウス」と呼ばれるシェアハウス、登場人物はそこに住む男女だ。そんな彼らの表層的な人間関係が、ある椿事をきっかけにグロテスクに内破していった果てに、酒鬼薔薇聖斗のテーマが接続するのは、必然だと言っていい。人間関係の平衡が崩れてぐにゃっとしたものが出てくる。誰もの顔に小さな歪みが浮かんでいる。作品中、酒鬼薔薇聖斗のテーマの浮上は、出来事が因果的に連鎖していったために可能になるのではなく、何かの記憶が無意識に浮び上がっては消えるという明滅をくり返したあとに、不意に包装紙を解かれたかのように、あらわれ出る。登場人物の誰もが他者との関係性においてイビツさとは無縁ではあり得ないと思い知らされたあとに、或る飛躍が起こる。それは、通常の会話劇だったらあり得ないような、思い切った飛躍だ。とりあえず『アクアリウム』の見どころを一点挙げてみよと言われたら、俺はここを挙げよう。酒鬼薔薇聖斗が、何故か現代のシェアハウスに似合わしくなる瞬間。この瞬間を実現するためになされた谷賢一氏の脚本構成上の挑戦を、是非感得してほしい。この飛躍を可能にした、そこまでの対話の精緻さと演出の機微を、是非見てほしい──なにせ「坐ったら。」みたいな一言にさえ微妙なニュアンスが要求されるレベルだぜ。

おっと。こんなふうに言ったからって『アクアリウム』が深刻な、しかつめらしい作品だと思われると困るな。『アクアリウム』が酒鬼薔薇事件を社会派戯曲みたく扱ってるわけじゃない、ってのは当然として、『アクアリウム』の面白さを伝えるには、もうちょっと言葉を付け足す必要がある。簡単に言うと、これは相当笑える作品なんだ。アホ過ぎて笑える。人間って怖い。他者に触れることは怖ろしい。酒鬼薔薇は狂ってる。でも笑える。おかしいと思うかもしれないが……作品の縦軸として現代の閉塞感、酒鬼薔薇聖斗、シェアハウスにおける人間関係、といった要素を垂直にきちんと積み上げたからこそ、横軸ではパッと見面白いものなら設定的にも演出的にも何でも詰め込むことができるようになった、というふうだ。稽古場見学した立場として言うんだけど、脚本にはなくて演出で付け加わった要素っていうのは、大体作品のおバカ・レベルを向上させるのに寄与していた。場当たりでの演出変更でこのおバカ・グレードはさらにアップしたと思われる。しかしそれも無意味なはしゃぎっぷりというのではなく、縦軸で抉った暗部を横から相対化するために全部きちんと物語に絡んでくるんだ。笑えることにも必然性があるわけ。公演案内に書かれていた谷氏の「とても暗く、悲しいテーマなので、とても明るく、楽しめるお芝居にしようとして、苦心惨憺いたしました」という言葉は文字通り受け取っていい。そして、酒鬼薔薇聖斗と「おかあさんといっしょ」が同居するこの作品のキチガイじみた振れ幅を、考えないでほしい、ただ、感じてほしい──。意味が分からないって? じゃあ観に行ってもらうしかないな。

最後に、タイトルの「アクアリウム」についても触れておこう。実は、これもまた縦軸のテーマの暗さを相対化するためのモティーフの一つだが、横から明るさをぶっつけるというよりも、むしろ全体にぼんやり薄明がかぶさってくるというイメージだ。だからそれは、単純に楽しさや笑いに寄与しているわけではない。或る暗晦で残酷なものが通過して、シェアハウス内の人間関係に無数の傷が残ったのち、もしかしたら、「アクアリウム」は一つの「救い」のように微温的に機能するのかもしれないが、でも、それもポジティヴな意味での救いなんかではない。と思う。突飛な連想かもしれないけど、ここで思い起こすのは、フランツ・カフカがマックス・ブロートを相手に語った次のような会話なんだ。
 「われわれの世界は、単に神の不機嫌、調子の悪い一日にすぎないんだよ」
 「それじゃわれわれの世界というこの現象の外には、希望があるということなのか?」
 「ああ、希望は充分にある、無限に多くの希望がある。……ただ、われわれにとって、ではないんだ」
作家としての谷賢一氏は安易な救済の誘惑にはのらなかった。救いはある。希望はある。でも残念ながらそれは酒鬼薔薇世代にとってではなく、「おさかなハウス」の住人たちにとってでは、ない。なんか不機嫌で調子の悪い明日は昨日までの今日と相変わらずだ。そして、それまでのおバカな笑いも抱腹絶倒のおおはしゃぎも、一切を明るい絶望のなかに突き落とす「アクアリウム」の虚無的な水音が大きくなって後に、おとずれる、最後の会話と、最後の照明変化。……それはもう、あんた自身が自分の目でたしかめてみるしかないね、その切実さを。

えええ? やっぱり意味が分からないって? だーかーらー、観に行けっての。そうすりゃ俺の言ってることも分かるから。え……ほんとに時間的余裕がない? 嘘つけ。忘年会ひとつすっぽかすことくらいできるだろ。あんた、ハム将棋相手に全駒して遊ぶ余裕はあるのに演劇は観に行けないってか。深夜までCiv4やってる余裕はあるのに演劇は観に行けないってか。いや知ってんだよ、あんたがニコニコ動画に「まおー」とかいうハンドル名でCiv4のプレイ動画を上げてることは! 何が「まおーの文化勝利狙いでがんばる動画(^○^)」だよおっさんのくせに……え、ほんとに観に行かないの? マジで? こんなに俺が長々と『アクアリウム』の面白さを説明してきてやったのに? なんでさ? ちょっと目白駅まで足を伸ばせばいいだけなんだけど?

ちっ。クソが……(とシュークリームを手に取る)。

(文責:Y 観劇日:2013年12月6日/プレビュー期間)
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稽古場レポート第十六回 – 11月28日

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十六回をお届けします。

突然のお報せですが、筆者が稽古場を見学したのはこの28日が最後になりますので、レポートは今回が最終回です。ここまでこの常軌を逸した長文連発のレポートをお読みくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。イェイ。Twitter等で感想くださった方、縁もゆかりもないのに宣伝してくださった方、遅蒔きながら御礼申し上げます。おそらくここまでレポートを読んで、『アクアリウム』の上演を観に行かないというひとはよもや(中略)拙文によって少しでも『アクアリウム』に興味持たれたなら、是非、チケット予約をよろしくお願いします。できれば複数回観劇していただければ幸いです!

さて、稽古日も残り四日を数える28日は、先日のようにばちばち動線を整理していくのかと思いきや、中盤からの丁寧な返し稽古で、台本の解釈、科白のニュアンスを詰めていきます。谷演出の目から見れば前半に比べて後半部分はまだまだ成立していないと感じるパートが多く(とくにラスト付近はほとんど稽古をしていないので)、丁寧に波長合わせをしていくしかない、というふう。25日と同じように、解釈のレベルでの丹念なダメ出しがつづきます。「『いやこれホントやばくて……』からの科白は、そんなに冷酷にやらなくていい。『じゃ何でさっき……って言ったの?』の科白までの怖さでもう完全に相手を追い込んでいるので、それ以上怖くする必要はない。むしろ自分はそんなに悪い人じゃないんだよ、って善人ぶる感じのニュアンスで。『いや、ゴメンね!?』って言っているようなトーン」「そこでのUは落ち着きすぎ。『一旦は帰りますけど絶対に出て行きますからね!』っていう言い争いを相手と外でやって、それから自分の部屋で苛々しながら荷物まとめて、『くっそ、どうせ出ていくならこんなルームランプとか買わなきゃ良かった!』とか苛々して、荷物を背負って、そういう裏設定があってここに入って来るわけだから、そんなラオウみたいにテンション低いはずがない。……まあ呼吸だけは演技的にコントロールできないから、頭に血がのぼった状態を作るために、出てくる前から息を止めるとかしてみたらいい」「『俺はビルを見てる』──この科白は、少し自分に向かって言うような感じが欲しい。その前にこのTは『クリスマスも正月も意味ないよ!』って軽い口調で言うけど、でもそうなるともう自分の人生には華やかなものは何もないんだってことに、彼は気づくわけだ。実際、Tには夢も希望も結婚願望も無いんだろうし、今後もルーチン的にずっとビルの映像を監視するだけの生活、その長ーい廊下を想像して、気が振れそうになっている感じを、科白を言った後の間で出せると、渋い」……いや、ほんとうに、こうして台本外で想定される文脈まで補完しつつ、俳優の役の形象化をじりじりとイメージどおりのものへと近付けていくのです。しぶとく。

そして、この返し稽古の過程で出て来た名言が、「うんこ」。われわれはこれを谷賢一語録として永遠に銘記したい想いを禁じ得ない。どういうことかと言うと、Sという登場人物の、非常に苦悩しながらも、あまり芝居として「動揺したひと」をやり過ぎないようにしつつ語らなければならないという難しい数々の科白があるのですが、それらの科白を出すためにどういう意識を持つべきか、俳優にアドバイスする際に、ふっと谷演出の口から出て来たキーワードが、ずばり、「うんこ」。「Sの『僕はやっぱり……』これね、俺すげーいい喩え見つけたんだけど、うんこ出すみたいな感じで喋って欲しい。今なんかスルッと出てしまっているんだけど、この科白の言葉のかたまりを、ぶりぶりって踏んばって出さないと、喋れない、みたいな感じで。音が強いとか弱いとかじゃなくて、基本は言葉を出すときに、そのうんこが大きいか小さいかということなんだ。大きいなら、出す前に頑張って力まなければならないでしょ?」──名言誕生の瞬間です。それからはもうSの俳優に対するダメ出しはほぼうんこの喩えに終始しました。「『俺らさ』これもうんこ。張らないでいい」「『僕は彼とは違う』全部うんこで出して」「『それが同い年だってわかった瞬間……』一息で、前言語状態でうんこ出す感じ」「『でも僕は多分、彼とは違う色の……』うんこが小せぇなー」「『どうもすみませんでした』これもうんこで言える?」「『やっぱり、出頭してみます』うんこうんこ」。ふざけているわけではない。聞いている俳優陣は全員真顔です。おそらく感覚としては“言葉によってフタをする”という衝動の強さとそれを抑える葛藤のイメージを、より生理的に身体に落とし込みやすいよう工夫した比喩として、「うんこ出す感じ」という指示が生まれた。俳優とのあいだでイメージを共有するということは演出家にとって永遠の課題なのでしょうが、そのための言語的工夫誕生の瞬間を、われわれはこの日、目のあたりにすることができたと言えそうです。

もちろん、返し稽古を進めながら、動きの整理や、位置取り、ニュアンスの微修正も同時に行なっていきます。──動きの整理で一番面白かったのは、Kという人物が「Yちゃんも、大丈夫?」と部屋を出て行こうとする人物Yを呼び止める局面。まずは普通に俳優が、出て行こうとするYを振り向いてみてからこの科白を言ったのに対して、谷演出は、「Yちゃんも」は振り向く前に、目線を前にしたまま言ってくれ(そして「大丈夫?」で振り向く)と指示。これで何が変わるかというと、この局面が、KがYの方を見もしないのに、アンテナを張り巡らしていてYが出て行く気配を察知して呼び止めた、という印象に変わり、ちょっとKが策士というか、サイコキャラに見えてきて局面全体にサスペンス色がついた。実際、ここでKは非日常な精神状態にあるので、この些細な動きの変化によって一連のシーンの緊迫がより一貫して感じられるようになったのでした。──位置取りに関しては、見学者の立場では見切れ(重要な人物が見えない)やバランスを気にしての動線の工夫が面白かったです。いちいちこんなところまで手を入れていくのかと。と或る局面では、上手に人が寄りすぎなので、ここでKが下手のソファーに坐れれば良いんだけど……と谷演出が言い出して、Kをいかに下手に動かすかをそのとき舞台にいる全員で考えることになった。ここでSが一歩内に寄ったら、Kは下手に行けるんじゃないだろうか? すぐに行かないで、しばらく話していて、SがTに●●●を渡した後なら行けるんじゃないだろうか? Sが坐ったらKも坐るというタイミングにしたらいいんじゃないだろうか?……ほんとうに細かい試行錯誤をして、いかにKを不自然でなしに下手に行かせるかということを全員で協力しながら実現していく。おそらく、稽古場見学していなかったら何気なく見過ごすシーンです。そんなところまでも調整が入っていく。──ニュアンスの微修正はもうわけの分からないレベルで細かい。一番うへぇと思ったのはKの「いや私はないけど」の科白に対してのダメ出しで、「やり方はどうでもいいけど、できればちょっと戸惑い気味の、『実はあるけど』の感じを出して欲しい。実際にあるのかないのかは、科白の上では分からないけれど、観客にもしかしたらあるのかも?と想像させてくれると凄くいい」との、指示。細かすぎるだろ……しかし台本全篇にわたってほぼ科白ひとつひとつにこういったニュアンスの色をつけて行きます。それは必ずしも以前の指示と一貫しているわけではないけど、舞台芸術は生き物だから変えるものは変えるべきなのは当然。ともかく、ダメ出しの密度が尋常じゃない。今日に限ったことではありませんが。

そして、返し稽古の成果を確認する意味で、18:00からの通し稽古。返し稽古で詰めたところを越えて、ラスト近くまで止めずに通していきますが、ラストに差し掛かってからは、ちょくちょく小返ししつつ、なんと台本をリアルタイムで改稿し始める谷演出。「ここ、科白二行カットします」「『でもビルはもううんざりだな』カット」「次の『ホントに?』から35頁まで全部カット」「『でさぁ』から9行後までカット。代わりに別の科白が始まります……ちょっと口頭で伝えさせてください」等々。たしかに改稿によって冗長な部分がなくなり、平凡だったやり取りも少し可笑味のある短いやり取りへと圧縮されて、おそらくラストで谷演出が狙っているだろう雰囲気へと、一言一言が洗練されていく。でも基本的にはがつがつ削る。カットしまくり。以前ワークショップの場で谷演出が「劇作家にとっては、何を削るかということの方が重要」と言っていたと記憶しますが、その言葉を想起させる通し稽古の延長での、リアルタイム改稿でした。

その後、また終盤入口から返し稽古をやって、本日の稽古は終了。では今日以降の稽古はどうなるか。たぶん、まだラスト付近の動きと演出が突き詰められていない部分を、返し稽古をしつつ整理して、それ以降は、抜き稽古と通し稽古が主体になるのだろうと予想されます。この点については飯休憩のときに東谷英人さんから興味深いお話を聞けたので、以下、ざっくりその話を要約してみます。東谷さん曰く、今回は完本が遅れて時間がないので、こうやって荒っぽい返し稽古をつづけていくしかない。単に流すだけの頭からの通しなら現時点でもできるけど、動きが整理されていない今、それをやっても意味ない。ただ、目下谷演出から相当細かく動きを指定されつつの稽古になっているけれど、ほんとうは、そうした動きを俳優自身のアイディアで出せたらいい──時間が十分あれば出せたかもしれないのに、こうやって細かに指示に従うだけでは、対応力が問われるだけになる。(顔合わせの時点ですでに完本しているといった具合に)時間があって、自分で台本を読み込めて自分で動ける俳優がそろっているなら、本来演出家のちょっとしたサジェスチョンだけで十分なのだ。そういう現場の方が俳優としてはやりがいがある。でも今回の現場がやりがいがないってわけではなく、ダルカラの現場はいつも発言を全員で回していく感じあって、非常に健全。作・演出がすべてを決めるというような空気はない。とまれ、自分としては、通し稽古を早くやりたい。通し稽古をしなければ、全体を通じた感情のダイナミズムとか、動機の一貫性とか、自分の腹に落ちないことが多すぎるので。……

とはいえ、残りの稽古日はあと三日。まだ演出が明確についていないシーンもあり、最後まで余裕のない前のめりな稽古がつづきそうです。では、次回のレポートに……つづきません。

28日の稽古場のレポートは以上です。

最終回は谷主宰の字数制限ブレイクの許可を得たので、書きたい放題書かせていただきました。ほんとうは毎回これくらいの密度で書きたかったのですが、「読者がついてこれない」「稽古場見学した上でそんな超長文レポートを書く時間はない」という理由から断念していたのです。しかも、今回のレポートでもまだ書きたかったけど書かなかったことなどありますので、いかに『アクアリウム』の座組が日々濃密な稽古をしているか、ご想像いただけるだろうと存じます。

書く/読むという行為は、他人と何かを共有するためにはまどろっこしい方途だと思います。演劇の稽古について知りたければ、実際役者として参加してみればいい……実際スタッフとして現場に貢献してみたらいい……実際誰かの下で演出助手に就いてみればいい……実際自分で作・演出してみればいい……つまり、他人と何かを共有するための時間のズレは短ければ短いほど、いい。じっくり時間を掛けてレポートを書いた/読んだからって、本質的な理解が深まったりするわけじゃない。たぶん、こんな連日の長文稽古場レポートを書くバカは後にも先にもいないでしょうが、それは当然で、演劇に携わるんだったら、レポートを書くよりやるべきことが他にあるからです。

今回こうして自分が稽古場レポートの執筆を担当したのは、私的な動機からです。いずれにせよ書いているあいだ、レポートが読まれているという実感も宣伝に役立っているという実感もなかった。それでも、「読む」行為によってこのレポートの内容を共有してくださった方が少なからずいたらしいことに、自分も、図らずも『アクアリウム』に何かの貢献はできたかしらと、書き手として胸をなで下ろします。ありがとう。そしてDULL-COLORED POP 第13回本公演『アクアリウム』を、是非ともよろしくご観劇願います。

それでは。私も普通の観客に戻ります。みなさま、劇場でまた同じ空間に居合わせられるときまで、so long!

【今日のというわけではない一枚+α】
最終回なので切り口を変えます。一枚目は、11月14日の稽古のときの、読み合わせの稽古中の写真です。読み合わせとはいえ半分芝居しながらの稽古になっていますが、役者の方々が台本を片手に持ちつつの稽古になっているのは、見て取れると思います。また、このシーンに登場することになってはいても科白が無い方は、基本的に坐ったままでいる。
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そしてこちらは、同じシーンを11月26日に稽古(立ち稽古)しているときの写真です。科白があって場に主に関与しているのが大原研二さん、一色洋平さん、中林舞さん、東谷英人さんという点は変わらなくても、全員が稽古用のセット内でのポジションについて、目の前で起こっていることに何らかのリアクションを取っていきます。当然科白は入っているので台本は手に持ちません。
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情報公開第4段!!

とうとう東京公演の開幕まであと4日!
本日も盛りだくさんの情報をお届けします!
本日の新たな情報は…

【1】一色洋平ワークショップ「体の把握とメンテナンス」開催決定!!
【2】『アクアリウム体験ワークショップ』出演俳優決定!
【3】official support barのご案内!
【4】仙台公演・岡山公演のご案内

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【1】一色洋平ワークショップ「体の把握とメンテナンス」開催決定!!
俳優でありながら、総合運動トレーナーとしての資格も持ち合わせる。
そんな一色洋平が今回お送りするのは、あなたの体の把握とメンテナンスに関するワークショップ!
どなたでもご参加頂けます!
運動しようがしなかろうが、興味が有ろうが無かろうが、プロアスリートも運動音痴も、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
一度は聞くべきこの話。今後の人生変わります。

一生連れ添うその体。まずは「メンテナンス法」を知りましょう♪
体力つけるも筋肉つけるも、痩せるも全ては「メンテナンス」から…。

≪内容≫
■座学(知識の伝達、間違った身体知識の訂正)
■自分の体の歪みを知ろう
■自分一人でどこでもできる、体のメンテナンス運動
■お客さまのご希望に沿い、体幹/ダイエットなどのトレーニング運動
■未開発の腹筋「深腹筋(しんふっきん)」を開拓しよう

≪開催日時≫
12/27(金)14:00~の回、終了後。60~90分程度を予定。

≪参加料金≫
12/27(金)14:00の回ご観劇のお客さま …… 無料
ワークショップのみご参加のお客さま …… 2,000円

info@dcpop.orgまでメールでお申し込み下さい。
その際、件名を「一色WS参加希望」とした上で、本文に(1)お名前 (2)参加人数 (3)ご連絡先お電話番号を必ずご記入下さいませ。当日の飛び入りも歓迎です。

≪注意事項≫
どなたでもご参加できます。派手な運動を行う予定はございませんので、私服でのご参加でも大丈夫です。

【2】『アクアリウム体験ワークショップ』出演俳優決定!
12月15日、22日の19時から開催される、『アクアリウム体験ワークショップ』の出演俳優が決定致しました!
◎12/15…東谷英人、大原研二、中村梨那、中林舞、渡辺亮
◎12/22…堀奈津美、百花亜希、若林えり、一色洋平、中間統彦
また、DULL-COLORED POP主宰であり、『アクアリウム』作・演出の谷賢一が体験ワークショップへの想いを語ったこちらの記事をぜひご覧ください!→<PLAYNOTE『アクアリウム体験WS』をやる意図と狙い

【3】official support barのご案内
期間限定でDULL-COLORED POP official support barが新宿に!!
新宿三丁目駅から歩いてすぐの“Bar Count Zero”では、様々な企画が予定されています!
期間中は、劇団の過去公演の展示に加え、最新作『アクアリウム』舞台模型の展示・出演者からのメッセージ・公演オリジナルカクテルなどなど、店内はダルカラ色満載!! 楽しく愉快な店長のまこっちゃんとアクアリウムについて、ダルカラについて、お話してみてはいかがでしょう?

〖店名〗Bar Count Zero
〖住所〗東京都新宿区新宿3-7-9 新宿土地建物第六ビル3階(新宿三丁目からすぐ!)
〖営業時間〗19:00~ ※定休日毎日曜日orハッピーマンデー
〖期間〗12/9(月)~12/19(木)

【4】仙台公演・岡山公演のご案内 東京、福岡、大阪のあとに回るのは、杜の都・仙台! 『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』から2年ぶりに演劇工房10-BOXに参ります。 そして全国ツアーの締めくくりはDULL-COLORED POP初の岡山県! 天神山文化プラザで3月に上演致します! ぜひぜひこの機会にDULL-COLORED POPをご覧くださいませ!!

詳細はこちらから ≪仙台公演≫ ≪岡山公演

稽古場レポート第十五回 – 11月26日

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十五回をお届けします。
(目下『アクアリウム』について耳寄りな情報が公開されていますので、そちらもよろしくです。 →『アクアリウム』情報公開第3段!! http://ow.ly/r7V4g

残り時間との戦いになってきた26日、この日はまず舞台監督の鈴木拓さんから本作『アクアリウム』の舞台説明があり、どのような舞台装置、どのような出捌けになるかを或る程度俳優陣が把握した上での、冒頭からの返し稽古です。谷演出曰く、今後通しは何度もやるだろうけれども、前半を細かく当たるのは今日を含めてあと幾度かだろう、とのこと。

公演が迫ってきた上での返し稽古。なんというか、立ち稽古は今までにもやって来ていたわけですが、今日の谷演出はこれまで以上に脳みそをフル回転させ、「フィックスできるところはガンガン決めていきます」という勢いで、あいまいなままになっていた動線、立ち位置、小道具の移動、身振り、仕種、間、動き出し、視線、科白の出始めのタイミングなどを逐一決断し、指示していきます。その決断は迅速で、事前に演出プランが頭の中にあるだろうとはいえ、その場の思い付きで数パターン試したり、俳優がちょっとやってみたことを即採用したり逆に即削ったり、その間谷演出が考え込む時間は30秒〜1分程度、とにかくもの凄いスピードで役者の動きが次々と整理されていく。ぼんやり見学していると置いていかれる速度で。まるで早指しの将棋を観ているかのような。「『……』の科白はもうちょっと待った方がいい」「普段の一番ゆっくりのさらに半分の速度で歩いてくれる」「そこ、下手から動かなくていい」「もうそこで雑誌取って読んじゃおう」「相手の笑いが終息してから3拍待ってくれる」「上手ソファに坐ったら部屋全体を眺めまわしながら喋ってくれる」「『……』の科白を喋るまでは真ん中に居て、それを言ってから寄って行って」「僕がキュー出すタイミングで大原さんだけ入って来て」「この科白を言い出す間を決めよう。7秒」「『……』の科白で●●は一旦積み木遊びに戻ろうか」「そこで、自嘲気味の笑いでリアクションしてくれます?」「『……』の科白で、紙皿とコップをみんなに配って」「そこは台本の行通りに進むんじゃなくて、ちょっとエチュードっぽく、それぞれみんな口を挟もうとしてみて」……

そのめまぐるしさに従いて行くのには、一見学者の立場では限界がある。想像するに、おそらく谷演出の頭の中で現前的効果に関するメリット・デメリットの計算が瞬時に行なわれて、「ここで2・5拍間を取ったらどうなるか」「ここで動線を減らしたらどうなるか」「ここでAが相手に振ってみたらどうなるか」「ここでBのポジションを下手の椅子に変えたらどうなるか」という変化の結果をほぼ確信した上で、おおむね望みどおりの効果が得られればばちばちフィックスさせていくというふう。印象に残っているのは、或る人物Cが別の人物Dに対して真顔で「おはようございます」と言う局面で、その人物Cの顔を客席に見せるかどうかを試行錯誤したとき。最初はCの真顔が見えていた方が面白いだろうということで、動線を大きく変化させてDが下手前に、Cが上手奥に回るようにした。でも、もう一度Cが下手前で客席に背を向けているポジション(動線としてはこちらの方が自然)でやるのを試してみて、結局こちらの方で確定させました。理由は、「やっぱり表情を想像させた方が面白いから」。この確定のためにも谷演出はほとんど長考していません。

もう一つ印象に残っているのは、人物Eがその場に集まっている人達に向かって一つの科白を喋っているときに、他の人物がその内容に思い当たって、各々反応するようにと指示されていた、局面。前日までは「Eの科白を聞いているうちに何か気づいたというふうに、各自リアクションしてください」という自由度の高い指示に留まっていましたが、この日は、それでは得たい効果にとどかないと考えてか、谷演出はその場のひとりひとりに、「Fはこの科白の出だしで振り返って」「Gは科白がここまで来たらのけぞって」「Hは科白が終わったら他の人の顔をちらちら見て」という具合に、リアクションのパターンとタイミングの指定を行なった。得たい現前的効果のためには決められるところは細かく決めていく。このときも、思い付くまでに長く時間を掛けたりしていないし、指示は一度で確定して稽古はどんどん次の局面へとつづいていきます。

もちろん役者の動きの確定だけではなく、科白のニュアンスへのダメ出しなどもまだまだ厳しく行なわれる。稽古日あと数日でどこまで完成に近づくのか。置いていかれないようひきつづきレポートできればよいのですが! 次回のレポートにつづく。

【今日の一枚+α】
一枚目。テーブル上の小道具を確定させるために全員でディスカッション中。「●●がつまみ食いするには何がふさわしいか」を真剣に議論したりします。
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二枚目。稽古場前の黒板を使って、俳優にダメ出しのイメージを理解させるべくチョークで図を書く谷演出。「何か複雑な想いがあって『俺はビルを見てる』の科白が出てくるんじゃなくて、この複雑な想いをこっち(と矢印を描く)に持ってきたいな。パッと『俺はビルを見てる』の科白が出たあとに、その意味についてうにゅうにゅうにゅって考えてるみたいだと、いい」。
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三枚目。通し稽古中に他の人の科白ミスをチェックしてメモしている百花亜希さん。この日は別用で演助の元田さんが稽古場に居なかったのに代わり、自分の出番がないときにこのように率先して現場に貢献します。
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INTERVIEW – 中林舞さん

つづいての『アクアリウム』出演者インタビューは、2013年のDCPOPワークショップ・オーディション(東京)に参加し今回出演となる、2012年9月に「快快」を退団して以後、フリーの役者/振付師として活動中の、中林舞(なかばやし・まい)さんです!

────中林さんは4歳〜18歳までクラシック・バレエをやってらして、多摩美術大学在学中に「快快(ex.小指値)」を立ち上げ中核メンバーとして活動。2012年に「快快」を退団して以後はフリーの役者になり、同時並行で振付師としての仕事も精力的にやってらっしゃるという……非常に特異な経歴をお持ちだと思うのですが、まずは「快快」退団前後のことを語っていただけるでしょうか。
中林 「快快」を退団した理由というのはいくつかありまして、、
 一つは「快快」っていうのは近年海外公演が多い団体になってきていたんですが、逆に、私は近年になって日本で舞台の仕事をしたいと思うようになってきて、興味のある演出家の方や、俳優さんと巡り会う中で、そういう方々とお仕事をしたいという願望が自分のなかで芽生えたときに、海外公演で長く拘束されてしまうということが、ネックになったんです。
 自分が興味を持っている方々と仕事できるチャンス が、海外に居て流れてしまった時に、自分は本当はどうしたいのかっていうのをよく考えて……やはり私は日本で仕事をやっていきたいし、日本で興味ある方々とどんどん仕事して行きたい。という答えが一つでました。
 また、演出の篠田千明が退団するというのも一つありました。
 それから、「快快」の知名度が自分の名前以上に上がっていく中で、自分が無意識にそれに頼りがちになっているなという危機感もあり。
 ここは一つ武者修行的な意味でも、「快快」を離れて自立した方がいいと考えたんです。
 元々、0か100かという極端な考え方をする方なので、籍を残すのではなく、一旦離れることにしました。

────今のお話だと、中林さんのなかで本格的に役者をやっていきたいという想いが「快快」の志向とズレてきた、というより、この人とやりたい、あの人ともやりたい、という願望が「快快」に居ては実現できないから、つまり人との出会いや縁を大事にしたいから「快快」の活動から離れたというふうに解釈できそうですが……そういうことでしょうか?
中林 いや、実現できない、ことはないと思いますけど、やはり極端な性格なので、、
 もちろん人との出会いっていうのも大きいんですが……
 さっき、武者修行と言いましたけれど、自立してやっていくための力量をつけたいということ。その想いも大きいんです。
 それはもともと「快快」の理念でもあったと思う。「快快」っていうのはちょっとカテゴライズしにくい集団で、ダンスする集団とか、演劇集団とか、アート集団とか、さまざまな捉えられ方をされるところがあり、実際色々な思考をもったメンバーで構成されていて、そこが一つの魅力だと思うのですが。
 だからこそ、そこからそれぞれのメンバーが自立していくってことまで含めての「快快」であるという考えも一つあり。私自身も、一人の自立した、一人でやっていける人物になるべきだ、という想いは、最初から強くありました。

────その、一人の自立したプロフェッショナルになるというとき、選択肢は色々あると思うんですが、とくに中林さんの場合は役者を志したというのは、どういった動機でしょうか。たとえば18歳までクラシック・バレエをやり、大学に入ってからは「小指値」を立ち上げ……という過程のなかにすでに役者への興味が芽生えていたんでしょうか。
中林 ちょっと話が前後してしまいますが、大学に入学したときは、クラシック・バレエについてすごい挫折を経験した直後で、もうダメだな、っていうことでどこでもいいから大学に入ろうって感じで、かなりの急転で大学受験を決めて。舞台とか踊りとかをこの先やっていくだろうという気持は、まったくなかった。でもその大学生活のなかで、現「快快」のメンバーと知り合って、一緒に作品をつくっていくなかで、「演劇」というメディアを選んだという流れです。ほんとなし崩しに演劇というメディアに足を突っ込んだという感じで。
 でも、芝居を愛してる様々な方に出会ったり、素敵な先輩方と舞台を踏ませて頂いたりしていく中で、役者っていうのはほんとうに面白い仕事なんだということを実感していきました。

────そして、中林さんがその、役者としてやっていきたいという意志を強くしていく過程のなかで、谷賢一さんの作品との出会いも、あったわけですね。
中林 谷さんの作品を観たのは『ヌード・マウス』(2012年)が初めてです。
 ヌード・マウスは、凄く新感覚でした。
 演出が個性的とか、役者さんが吐く科白のなかに作家さんの哲学や、生き方みたいなのが感じられて、それが役とシンクロしてすごく感動するとかとは、もうちょっとちがって……
 なんて言うんでしょう……目の前で役者さんが芝居しているものの上に、もう一層レイヤーがあって、そこにタイトルロールのように大量の文献の細かい文字が上から下へバーッと流れていく、みたいな印象を受けて……錯覚なんですけど。役者さんの科白以外に、その科白の背景にあるものすごい文献的な蓄積が字面で見えてくるような、そんな印象がすごくあって、なんかこういうタイプのお芝居を私はあまり観たことないな、と感じて、興味を持ちました。言わば、文字とか言葉とかに重点がすごく置かれているということだと思うんですけど、谷さんの作品っていうのは。

────それで今年の夏に、DCPOPのワークショップ・オーディションを受けられた。
中林 そうです、放っておくと、今までの自分の活動範囲では谷さんとはお会いすることがなさそうだったので、ワークショップを受けようと思いました。実際、『ヌード・マウス』以後も、谷さんとは全然縁がなくて。
 それだから、ワークショップは受けましたけど、出演オファーがこんなに早く来るとは思っていなかった。出会った以上は、いつかはご一緒したいとは考えていましたけど、こんなにすぐにとは思ってませんでした。

────今回、中林さんとしても今まであまり演じられたことのない役を振られていると思うのですが、どういう課題をもって本作『アクアリウム』に臨んでおられるでしょうか。
中林 『アクアリウム』、台本を読むだけでも面白いですよね。面白いので、その文字情報の段階で面白いものを、じゃあ自分がやるってなったときに……その作品の強さに対して、今までの自分のさまざまなものを総動員させて、負けないものを出していかないと、これはもう、惨敗だぞ!……という想いでやっています。

────では最後に、このインタビューを読まれるみなさまにメッセージをお願いします。
中林 魅力的な作品だなあ。と台本を読み演出を受け日々感じてます。
 いつものことながら、、
 その感じているものを、丁寧に全力で体現していきたいと思います。
 劇場でお待ちしてます。ぜひ。

★中林舞さんの『アクアリウム』チケット個人予約ページ(東京公演12月分のみ)
https://ticket.corich.jp/apply/51045/011/
★中林舞さんのtwitter
https://twitter.com/Yasihamaru
★中林舞さんのブログ「役者/振付師 中林舞の活動記録」
http://ameblo.jp/yasihamaru/

INTERVIEW – 堀奈津美さん

つづいての『アクアリウム』出演者インタビューは、DULL-COLORED POP劇団員、ダルカラ創設時からのメンバーでありながら現場ではつねに真直に課題に立ちむかう繊細な努力派、堀奈津美(ほり・なつみ)さんです!

────劇団員の方へのインタビューは、客演の方とは切り口を変えて、今現在語りたいトピックをそちらから出してもらって、それについて掘りさげるというかたちにしています。堀さんのトピックは、「今作『アクアリウム』の特徴」。これは今までずっと谷さんと並走してきた堀さんだからこそのトピックに思えます。
 今回の『アクアリウム』は、なんというか……「気持悪い」作品だなって思います。もっとストレートに悲しい場面は悲しかったり、今までは明確に表現していたと思うんですけど。とくに、『アクアリウム』の台本は、今までに比べてト書きが少なくて、或る人物が舞台から立ち去ったりするのにも理由が分からなかったりして、それ自体もちょっと気持悪いんです。

────ストレートではないというのは分かります。
 なんだろう……今までと比べても、普通の人間の生活に寄り添った作品になっているのかな。生きて行く上でそんなにしょっちゅう事件が起こるわけではないこと、とか。私にとっては、●●と●●のシーンとかも、テレビを夜の八時、九時ぐらいに家で観ているかのような感じで、それすらも何かしら日常に組み込まれている要素のように思えます。私が、別にお芝居やっていないときでも日常的に感じる不安とか、気持悪さとか、別に明日の糧につながるわけでもない出来事とか、そういうのと『アクアリウム』の作風というのは連続している気がする。チャプターごとのカラー、落差というものはあるんだけれど、そういうのを俯瞰して観ると、全体として普通の人間の生々しさのようなものを感じる作品になっている、というか。やっぱり、夜中にテレビを観ているときの感覚に近いかな。日常、ぼんやりテレビを観ていて、ふと不安を感じたり、なんか一瞬ふわっとなったり、不意に凄く抽象的なことを考え始めたりするような。そういう気持悪さ。

────やっぱりそれは、今までの谷さんの作品にはなかったものなのでしょうか。
 なんか、今までの作品ってもっとシーン毎に素直に観れるという印象があったんですけど、今回は、さっき言った気持悪さとか、生々しさとかを、次のシーンのどこかで一瞬はっと想い出したり、何の理由もなく「あれ、さっきの何だったんだろう」とふと考えたりすることがつづいて、最後のシーンまで行っても綺麗に終わったという感じがしない。それはほんとうに、今までにない異質なもののような気がします。

────そういった作品に俳優として参加されて、やはり難しさを感じるところもあるでしょうか。
 うーん。そもそも、そういった作品世界の中に存在することが難しい上に、今回は私がまったく振られたことのないような役をやってるんで……結構、頭の中は忙しない感じになっています。たとえばYouTubeとかを見てみて、店員にキレるギャル、みたいな動画の怒鳴り声を夜中に外で真似して言ってみたりとか……色々試行錯誤して、なんとか近づいていけてるといいな、とは思うんですけれど。ほんとうに、やっぱり自分から遠い人物を演じるというのはそれだけで難しいです。

────今回、稽古場で見ていて谷さんの演出の指示がもの凄く細かいと感じるのですが、谷さんの現場というのは毎回毎回こんなに精密なものなのでしょうか?
 いや、こんなに秒単位でタイミングを決めるとか、そういうことはやったことがないです。或る一場面を、たとえば『Caesiumberry Jam』のゴゴとディディのシーンなどで、凄く間にこだわるということを延々やったことはありましたが、そういうシーンが作品全体の主題に繋がってくるなんて作品は、今までにはなかったはずです。でも、作品『アクアリウム』にとっては、この細かい指示が俳優の身体に馴染んできたところがスタート地点なんだろうと思います。……『アクアリウム』が今までのダルカラ作品にはない面白さを持っていることは、もう間違いないです。

────綺麗にまとめていただいてありがとうございます。では最後に、このインタビューを読まれるみなさまにメッセージをお願いします。
 動物に生まれたかった。そんな風に思うこと、あります。
 うちのワンコみたいにたくさんお昼寝して、ごはん食べて、お散歩してまた寝て。
 でも人に生まれちゃったからには、人として生きなきゃならんのです。
 苦しみだったりもどかしさだったり中にたまぁにある喜びや安堵や。
 いろんなものをこの『アクアリウム』に泳がせながら、皆様のご来場をお待ちしております。

★堀奈津美さんの『アクアリウム』チケット個人予約ページ(東京公演12月分のみ)
https://ticket.corich.jp/apply/51045/007/
★堀奈津美さんのtwitter
https://twitter.com/natsumihori712
★堀奈津美さんのブログ「堀奈津美(DULL-COLORED POP/*rism)~☆きらきらひかろ☆~」
http://ameblo.jp/kirari-twincles/

稽古場レポート第十四回 – 11月25日

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十四回をお届けします。
(目下『アクアリウム』について耳寄りな情報が公開されていますので、そちらもよろしくです。 →『アクアリウム』情報公開第3段!! http://ow.ly/r7V4g

貴重な意見と反応とをワーク・イン・プログレスで得て、公演に向けて士気を高める本作の座組。小屋入り一週間前の本日は、稽古時間を目一杯つかって、上演のために必要なプロセスをがしがし消化していきます。

まずは、中盤終わりあたりから終盤入口までのシーンをしつこく返し稽古。シナリオ上、中盤においては明快な対立や感情のぶつかり合いが現われ、演劇的にストレートな面白さがありますが、そこを越えてからは一歩一歩闇のなかを進んでいくような、不穏で精妙な会話のパートがつづきます。そのパートの、まだ俳優のなかでニュアンスの決まりきっていない科白ひとつひとつを、色々試しながら修整を重ねていく谷演出。ときにはそのパートが台本構成上どうなっているかをじかに説明し(「このシーンは、結局Sが抱いているものは何なのかっていうのを全員で延々考えつづけるみたいなシーン。それぞれ考えるスタンスは違って、答えは合うことはないけれど一生懸命考えていくっていう感じ」)、ときにはニュアンスの落としどころを言語化して伝え、ときには俳優自身にその科白が出てくる動機を考えさせて、稽古のなかでシーン全体の密度を上げていく。

そうしてしばらく稽古をみっちりやって後は、衣裳担当のchie*さんが加わっての、衣裳パレード。chie*さん持参の衣裳と俳優各々が持ち寄った衣裳を組み合わせて、各登場人物数パターンある衣裳を確定させていきます。手順としては、単純に着替えた姿を谷演出に見せに行き、コメントを受け、オーケーを貰うまで着こなしを変えるということをくり返す。谷演出の頭の中のイメージに沿うように工夫しつつ、場合によっては谷演出の想像を越えてヤバいアイディアがあればそれを採用し、あるいは確定した後にももう一度別のアイディアを試し、ということを十人分てきぱきやっていきます。「セーターは止めようか」「下はグレーの方がいいかな」「地味すぎる。特にそのカーディガンが」「逆に可愛すぎる」「もうちょっといい加減でもいいと思うんだよね下のズボン」「それだとあまりに東谷自身になる」「ネクタイ真赤の方がいいんじゃない?」「胸ポケットに何か入ってるといいんだけど」「そのジャージを着ながらも可愛く見える、ってできる?」「やらかした大学生みたいな感じだといい。マフラーを変に巻いたり」「それだと普通すぎるんだよな。電車に一緒に乗っても普通に受け入れちゃうよ」等々。

そして18時30分からは、確定した衣裳を着けての、通し稽古(早替えももちろん行なう)。頭から終いまでストップなしの文字どおりの通しを行なった上で、残り一週間の稽古期間でどのパートをどの程度詰めていくか、目処をつけます。まだまだ成立していない局面についての指摘。チャプターごとのタイム感、テンポについての指示。以前ダメ出しした修整が抜けていたところは厳しくチェック。細部をもっと彫琢すべきところについては、俳優自身でも試行錯誤できるようヒントを示唆。そうやって一時間ほどダメ出しを行なった後に、『アクアリウム』という作品を、どういう芝居にしたいかという話も少し谷演出からありました。まださわりの話だけだったので詳述はしませんが、単にオーソドックスに面白いお芝居にしたいというのではないことは、確かな模様。「……そうするためにも、まだみんなに僕がどういうことをやりたいのかっていうことを、喋っていかなければならないと思います。」

この日は舞台監督の鈴木拓さん、照明の松本大介さん、美術の土岐研一さんらも通し稽古を見て、稽古場での打ち合わせも行なわれました。上演に向けてきりきりと準備が整っていきます。次回のレポートにつづく!

【今日の一枚】
衣裳パレード中のみなさま。一応これは全部没になった衣裳なので、ネタバレにはならないと思います。最初に着た衣裳で一発でオーケーが出るということはあまりありません。
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INTERVIEW – 大原研二さん

つづいての『アクアリウム』出演者インタビューは、DULL-COLORED POP劇団員、演技についての内省の深さと視野の広さ、知的な柔軟性と頼れる実力で座組の士気を鼓舞、大原研二(おおはら・けんじ)さんです!

────劇団員の方へのインタビューは、客演の方とは切り口を変えて、今現在語りたいトピックをそちらから出してもらって、それについて掘りさげるというかたちにしています。大原さんのトピックは、「空間との付き合い方」。これは、当然劇場空間ということですよね。
大原 そうです。たとえば、わりと小さな劇場だとほんとうに劇場の隅々まで見えるし、意識もとどくし、声がどこにどのくらい当たっているかとか、自分が舞台に立っているときのフォーカスの当たり方とか、非常に測りやすい。小さな劇場ならばそうやって感じやすい。でも、どの劇場でもそうとは限らない。場所が変わって、縦に凄い長い劇場とか、横幅がやたら広いとか、たっぱがあって上にすごい抜けてるとか、そういう空間でやるときには、小さな劇場であれば把握していたことが把握しづらくなる瞬間というのが出てくる。その空間をちゃんと自分の存在で満たしてやれるか(もちろんシーンによってそのバランスは変わるわけですが)ということが、劇場が小さければ上手く測れるのに、空間が広くなればなるほど、ちょっと心もとなくなっていく。つまり付き合い方が難しくなっていく。

────それは空間が大きくなれば大きくなるほど、比例的に難しくなっていくものなのでしょうか?
大原 難しくなるような気がしています。自分の直観としても、空間が大きくなればなるほどそれを満たすためには、まだまだ必要なものがありそうだと感じている。それは声だったり、自分がその場に立っている根拠を見出せるかどうかであったり……細かい演技のニュアンスのブラッシュアップ、ということはもう踏まえた上で、ただ単に立っているだけでも広い空間を満たすことができるかどうか。満たすことはできるはずだ、と思います。ただ突っ立っているだけでも。

────自分がその場に立っている根拠を見出す、ということは、脚本の読解レベルの話にも入ってくるような気がしますが。
大原 そうですね……たしかに台本を初見で読んだ、あるいは半立ち稽古という段階では、やっぱり自分の存在がばーっと外に広がっていくっていうだけのエネルギーがまだ出せない。そういう感覚はあります。読解が進めば進むほどやり易くなるということはある。でもその先の問題もあって、たとえば自分にはない声のことだったり、……あとは「表現」ですよね。ちょっとした動きにも深い根拠があって、一つ一つの所作が全部つながって表現として成立していくということが、実際あると思うんですけれど、そういった「雑味がない」状態を達成できるかどうか。

────「雑味がない」?
大原 ようはあまり根拠のないあいまいな動きがない、ということです。つい動いてしまった、ということが極力ない状態。ナチュラルなだけでは駄目だということ。でもそうやって高度な表現を達成して、自分の存在で空間を満たしてやるためには、結局のところ、意識的な努力をしていくしかないと考えています。たとえば木場(勝己)さんと谷さんとの間であったという、「『アーメン』どう言うか論争」みたいな細かい検討の積み重ね。とはいえ、その検討の結果決定した動きや言い回しが重要なのだというより、むしろ、そうした試行錯誤をしつこくやりつづける過程で濃縮されてきたものが、その役者にのっかって、最終的に舞台上で「あ、その人物がいまそこにいる」という存在感が生まれるんだと思う。木場勝己=フロイトがそこに居る、と。だから緻密な努力をやっていくしかない。……でも、台本をどう読解するかということひとつをとっても、これからやり方を自分なりに獲得していかなければならないんだろうという気がします。ともかくそういう意識を持っていれば、技術的な成熟も役者としての価値向上も付随してついてくるんじゃないか、と思っています。

────つまり、大原さんにとっては「空間を満たしてやる」という課題が、ご自身が今後役者として成長していくために設定した、長期的な目的意識としてあるわけですね。
大原 そういう課題を意識していれば、どの方向に進んでいても役者として得るものがあるんじゃないかな、と思います。逆に言うと、そういう予感があるからこそ、自分は空間との付き合い方を気にしているのかもしれない。いかにして空間を自分の存在で満たしてやるかということを。……今作の『アクアリウム』でも、稽古の中でさっき言った「雑味」に近いものをやりながら感じつつ、毎回それを削るということをして、人物としての存在感を出すことを目指しています。が……しかし、今回の役というのが、かなり自分の本来の生理とは真逆なので、もうその時点で或る意味いろいろチャレンジになっています、すでに。

────今回大原さんは大変な役を振られていますものね。では最後に、このインタビューを読まれるみなさまにメッセージをお願いします。
大原 「面白い」作品作ってます。「面白さ」は人によって、驚きとか笑える・泣けるとかライブ感とか、まぁ色々だと思うけど、何かそういうの全部ひっくるめて「楽しかった」って思ってもらえる作品だと思うのです。存分に味わってもらえるよう、腕磨いてお待ちしてます。

★大原研二さんの『アクアリウム』チケット個人予約ページ(東京公演12月分のみ)
https://ticket.corich.jp/apply/51045/005/
★大原研二さんのtwitter
https://twitter.com/oken2dry
★大原研二さんのオフィシャルWEBサイト
http://www.oharakenji.com/

稽古場レポート第十三回 – 11月23日

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十三回をお届けします。
(目下『アクアリウム』について耳寄りな情報が公開されていますので、そちらもよろしくです。 →『アクアリウム』情報公開第3段!! http://ow.ly/r7V4g

俳優ってスゲェ。

今さらながらそういうことを思います。本日も前日から引きつづいて立ち稽古ですが、今回は演技を長めに回せるよう中断後まとめてダメ出しを言うかたちで、中盤〜終盤入口までを三度通しました。そして当然、くり返していくうちにシーンが谷演出の意図どおりブラッシュアップされていく。俳優がダメ出しを受けて演技を変えていく結果、そうなる。でもそれって、考えてみれば、俳優が自分の身体にダメ出しの修整を固定できなければ、不可能です。一度(場合によっては何度か)出したダメ出しが固定化するからこそ、そこから重ねて新たな修整が可能になる。当たり前のことと言えば当たり前のこと。しかし谷演出の出すダメ出しがめちゃくちゃ細かい上に、ときには難解な喩え話での注文だったりして、だから、俳優の方々が当たり前にやっていることの凄さというものは、やはりある。以前の修整(読み合わせ時のニュアンスの修整も含む!)が抜けてしまったら、ブラッシュアップ自体が成立しないわけだから。しかもその修整というのが、そのつど繊細な集中力を必要とするものであって。その過程をつぶさに見学しているからこその、「俳優ってスゲェ……」という感想になるわけです。

そして、そもそもブラッシュアップした結果どうなるか、ということ。この点については、稽古場で見ていて二重の驚きがある。一つには、「こんな細かいところまで直すのか」という驚き。でもう一つは、「あの些細な修整が実際やってみるとこんなに効果的なのか」という驚き。たとえば、MとNという人物が上手から舞台に入ってきて、歩きながらMはNに話し掛けるが、Nは憮然としていてすぐ下手の方へ立ち去ってしまう……という局面がある。ここで脚本上はNからもMに返す言葉があるため、Nはちょっと立ち止まる必要がある(舞台から去る前に科白を吐く必要がある)のだが、それでやや、Nの「すぐにも立ち去りたい」動機があいまいになってしまう。最初はN役の俳優に対して「もうそのまま舞台を横切って下手に消える勢いでいいよ」と指示が出たけど、上手くいかない。なので、今度は、MにNの袖を掴ませておいて、Nが科白を言った後にもずっと掴ませつづけて、Mが顔を別の人物の方へ向けて話し出すあいだも掴ませつづけて、NにMの手を強引に振りほどかせて去らせる、という一連の動作を加えた。するとようやくこの局面のぎごちない感じというか、雑な部分が消えて、MとNのやり取りがきびきびした自然の流れとして、際立ってきたのでした。或る意味、こうした直しを入れる前のMとNのやり取りでも、まあ、成立していたと言えば言えます。Nが無目的に立ち止まる点に、引っ掛かるひとは引っ掛かるかもしれないけど。でも、修正した後のやり取りとの相違は、紛れもない。明らかに修正後の方が不自然さがなくなっている。人物の動きの輪郭が印象づよくなっている。

もちろん、とくに書き上げられてから日の浅い後半部分では、まだ谷演出が「ここではこんなことがしたい」と解説しつつのダメ出しになりますが、おそらく俳優に科白が全部入り、作品総体のイメージが全員で共有できる頃には、最後まで、上述のようなブラッシュアップ、俳優に固定される演技のヴァージョンアップがつづくのだろうと思います。

というわけで、実は、この日一応『アクアリウム』の台本は完本したのでした。その読み合わせを終えて、谷演出の一言。「まだちょっと不安要素はありますが、たぶん、全部意図どおりにいったら、最終的に良い作品になるだろうな、って気がする読みでした。」

実際、良い作品になると思います。次回のレポートにつづく。

【今日の一枚+α】
この日は、冒頭にウォーミングアップとして「名前オニ」を行ないました。自分自身の名前でやってもつまらないので、今日のお題は「アメリカ人の名前」。このレポートを書いている今、東谷=ロドリゲスという事実だけが記憶に残っています。
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ダメ出しタイム中。時には高度な理解を必要とする注文も。──「ここは、なるべく整理されてない文章をあえて書いたところもあるので、『こうで、こうで、でもこういうことも言えて、でも僕はそうは思っていなくって、こうではなくて、でもこうで……』みたいな、思考のジグザグのスピードを出してほしい。この辺りって、お客さんが字面を追っかけちゃうと逆に成立しないタイプの科白なんだと思う。だからもっとポンポンポンと喘ぎながら考えてる感じを出せるといいと思う。」
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