稽古場レポート第五回 – 11月10日

投稿者: dcpop13aqua

『アクアリウム』の稽古場レポート、第五回をお届けします。

前回お伝えしたように、台本進捗の遅れから谷演出はこもって執筆に専念することにし、本日は俳優のみでの稽古。谷演出からドラマトゥルク的な役割を託された大原研二さんによる、テキスト読みの稽古が行なわれました。

本日の重要フレーズを一つ挙げるとしたら──“言葉によってフタをする”。前日の9日の稽古の最後には、谷演出から大原さん(と他の劇団員)に向けての駆け足の演技レクチャーが行なわれたのですが、「言葉によってフタをする」とは、そこで語られた一つのアプローチの方法論です。いや、一つのアプローチどころか、もっとも重要な方法論と言っていい。谷演出は「フタを制する者は演技を制する」とまで言っていたのですから。

「フタをする」? そう、われわれは単に自分の感情をストレートに表出するだけの演技でなく、自分の内に対立するものを抱えているような、自分の内で相反するベクトルのものが引っ張り合っているような、「葛藤」の状態の演技をも要求されることがある。そしてその葛藤を演技として成立させるために、内側から衝き上げてくるもの(感情やイメージや思考)に「フタ」をするという意識で、科白を言う前の状態を準備することが非常に重要だということ。しかもこの場合、内側から衝き上げるものと、「フタ」とは、どちらが先行するものでもない。どのくらいの大きさのフタを、どのくらいの強さで、どのくらいのスピードで被せたか、どれほど長く抑えつけているのか、どのタイミングではね返ってくるのか──それによって、(観客に伝わる)内部の内実も変わってくる。内部の衝動は強ければ強いほど葛藤も大きくなるが、その大きさが実際に見えるかどうかは、どういうふうにフタを被せたかと相関する。「フタによって、内側にあるものが見えてくる」。「フタの作り方次第で裏にあるものが決まる」。

「フタ」は、怒りを筋肉をふるわせてぎゅっと堪えるみたいに「身体」である場合もあるけれど、「言葉」もまた、フタとして機能し得る。たとえば相手をぶん殴りたいという衝動を、「はっは! まああんな奴どうでもいいんだけどね」という言葉を自分に言い聞かせることで抑えつけたり。そこでは科白自体がストレートな表現になっておらず、闘争の場になっている。内部にあるものを逃がすのでなく、減らすのでなく、引っ込めるのでなく、「言葉によってフタをする」ことで、衝動の強さは強いままに葛藤を成立させるということ。そしてまた、「言葉によってフタをする」ことは、とりわけ相反するものが共存していて一見思考の糸がちぐはぐであるかのような、ずっと葛藤が持続しつづけているような長大なモノローグを、俳優がちゃんと自分の言葉として生み出すために、有用なアプローチともなり得るだろう。……

というわけで、この日の稽古は、準備稿のなかで或る登場人物が発語する長大なモノローグを素材として──自由に読むというよりは、“言葉によってフタをする”ことに注意を払いつつ──テキスト読みの稽古を行なったのでした。大原さん曰く、今作で谷さんはおそらく、俳優にそういうことを要求してくるはず。すなわち、「葛藤」を表現することを。自分の中に対立を抱えている人物を演じることを。そのための共通感覚をシェアするために、今日の稽古は「言葉によってフタをする」テキスト読みを徹底してやりたい──。

谷演出不在の稽古ではありましたが、本日もみっちり5時間、ひとりひとりがモノローグを読み、それに対して大原さんがコメントし、他の俳優が意見を言い、それをフィードバックしつつ再トライするということをくり返す。見ているだけで疲れるような集中した時間でした。役者のみなさん各々にとっても、実りの多い稽古であったろうと思います。

次回のレポートにつづく。

【今日の一枚+α】
まずは一枚目。昨日は、この黒板に書かれたキーワードをもとに駆け足の演技レクチャーが行なわれました。本日は不在だった谷演出の置き土産。「リアクション」「ちぐはぐ=武器」「根拠」「あたりどころ」「巨像」「針」「断面図」「フタ」「裏」「前/後(前言語状態/後言語状態)」……いろいろ謎でしょうが、追々解説する機会もあると思います。
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そしてもう一枚。この日、谷演出から稽古場を主導する役割を託された大原研二さんの横顔。さすがの視野の広さと分析能力が、谷演出の信頼の所以です。
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