稽古場レポート第十回 – 11月19日

投稿者: dcpop13aqua

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十回をお届けします。
(目下『アクアリウム』について耳寄りな情報が公開されていますので、そちらもよろしくです。 →『アクアリウム』情報公開第2段!! http://ow.ly/qTVvC

稽古オフを一日挟んでの19日は、新たにラスト近くまでの台本が役者に渡されましたが、まだまだ改稿の余地があるということで流れで読み合わせしたにとどまりました。本日集中して行なわれたのは、一昨日までの部分の返し稽古です(読み合わせだけれど少し芝居をつけながらの、半分立ち稽古のような稽古)。

そして、本日の集中した稽古で、部分的ではあるけれど、谷演出が台本を書きながら想い描いていたイメージが飛躍的に具現に近づいたという観があります。たとえば谷演出は14日に──第一・五稿として再出発してから新たに書き上げた部分を持参した日に──すでに次のようなことを言っていた。「今日出した台本に関して、ふざけて書いているのかなと思われる箇所があるかもしれないが、そういう意図はなくて、むしろ必死にやっている人のズレ方が見るひとによっては滑稽に映る、という感じでやれればいいな、と思っている。……登場人物をコケにするんじゃなくて、そのひとはそのひとなりに自分の人生に向き合って必死に生きている、その上でそれが面白く見える、というのを目指したい。」

おそらく「ふざけて書いているのかなと思われる箇所」というのはこの辺りなのだろう、という見当はつきます。けれども、14日の読み合わせでは上述の「面白さ」は見えて来なかった。谷演出の言葉も概念的な理解にとどまった。それが、本日の返し稽古の中で、谷演出が、そのシーンにかかわってくる人物ひとりひとりの腹にある感情を役者に示唆し、局面ごとに空気がどう変わるかのイメージを伝え、場合によっては台本にない掛け声や感情表出(「泣く」というト書きのないところで「もっと泣いて泣いて」と指示)を追加して、そのシーンを構成する要素を歪なくらいに研ぎ澄ましていった結果、最終的に、その場にいる人物全員真剣なのに見てると爆笑できるという、ポップにズレまくったシーンに仕上がったのでした。それでようやく、「ああ、最初からこういうことがやりたかったのか!」と腑に落ちた次第です。

そしてたぶん、まだ谷演出の頭の中にあるだけで具現化されていないニュアンスやイメージというものは、膨大にある。というのは、これまでに稽古の合間合間で谷演出は『アクアリウム』という作品で何を目指しているのか、役者たちに語ってきていたからです。「そのひとはそのひとなりに自分の人生に向き合って必死に生きている、その上でそれが面白く見える、というのを目指したい。」というのはそのうちの一つに過ぎない。たとえば以下のような谷演出の言葉も、主要なモティーフとして、なお具現化を待っている。台本の字面の深層で。けれどもそれを具現化するための端緒も、今日の稽古の中でかすかに掴まれたという気がします。

「酒鬼薔薇聖斗を扱いつつ、少年犯罪と現代の閉塞感というテーマを打ち出しつつ、それでいて茶化したり問題の扱い方を浅くしたりはしないで、しかも、観終わったら『とても楽しい芝居だったな』と思える作品にしたい。」

この戯曲が『アクアリウム』と題されている所以も、そろそろ明らかになりそうです。次回のレポートにつづく!

【今日の一枚】
役者たちの前につかつかと歩み出て演技指導をする谷演出。役者のふっきれない演技に対し、人間がいかに発狂するかというさまをみずから身をもって示します。
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