DULL-COLORED POP vol.13 『アクアリウム』

月: 12月, 2013

INTERVIEW – 百花亜希さん

つづいての『アクアリウム』出演者インタビューは、DULL-COLORED POP劇団員、他の人の稽古からでも学べるものは何でも学ぶ、演劇に取り組む姿勢が怖いくらいの真剣さ、百花亜希(ももか・あき)さんです!

────劇団員の方へのインタビューは客演の方とは切り口を変えて、今現在語りたいトピックをそちらから出してもらって、それを掘りさげるというかたちにしているんですが、百花さんの場合、とくに思い当たらないということで、こちらからの提案になります。トピックは「谷賢一作品の面白さ」。百花さんの念頭にある具体例は、まずは『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』だと思いますが……。
百花 『アクアリウム』でも、その面白さっていうのは共通してあるなと思います。ワニとトリが出てくるところとか。まあ観たら大体思うことかと思いますが、そういうポップな発想がありながら、一方で「抉る」部分があるのも、共通してるなって思う。「抉る」っていうのは……『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』では母親のよし子が色々追い詰められて、洗剤の「ジョイ」の名前をしきりに口にするシーンとかあるじゃないですか、ああいうとことか、見てて、人が生きているの苦しいなあ、痛々しいなあって感じさせるようなことを、描いている、だけどだけど、なんていうか、その嫌な感じで終わらせないで、ハッピーエンドではないけど、そのしんどい感じだけでは終わらせない、まあ言ってみれば劇団の名前「鈍色ポップ」っていうイメージどおりに、ポップな面と鬱な面とをちゃんと両方兼ねそなえたところに着地する。そういう面白さ。もちろん新作では新作なりに未知の試みに挑んでいる部分はありつつ、その面白さは、『アクアリウム』でも共通してるなって思います。

────その、『アクアリウム』のなかで「抉る」部分に相当するのは、たとえば「ゆう」みたいな登場人物に関するシーンなどでしょうか。
百花 ゆうもそうだし……そう、今のところ見ているなかで一番ゆうが可哀想だなって思います。ま、実際はどの登場人物にもそういう素地はあるんでしょうけど、わたしは、一番、ああゆう可哀想って思っちゃうし、てつとかゆうに対して酷いな、って思うし。でも多分『アクアリウム』はそのきつい感じだけでは終わらないで、色んな要素が混ざっていって最後には・・・?! それはまだ稽古が進んでいく中でどうなるか分からないし、本が全部できてからだから、断言はできないんですけど。(※インタビュー収録は11/23で完本前)

────でも、そのポップな部分はともかく、百花さんが谷さんの作品の「抉る」部分にも面白さを感じるというのは、どういう理由からでしょうか。一体に、演劇のなかで人が苦しんでいたり、痛ましく追い込まれていったりするのを見たい、ということなんでしょうか?
百花 うーーーん。なんだろ、日常生きてると……いや、でも違うのかな……。分かんない……。分かんないですけど、でも自分がたぶん演劇をやっていく上で、そういう役、とゆうか、そうゆう抉り抉られがやりたいのかも。たぶん。私がやりたいんだと思います。普段は自分のしんどさとか苦しさとか辛さとか、人前で出さずに、仮面で生きてるのかもしれないから。へへへ。

────普段だったら他人の目を気にして出せないネガティヴな感情を、舞台の上でさらけ出すことによって、そうしたネガティヴな部分も含めて現実なんだと、表現として肯定する、ということでしょうか。
百花 うーーーーん。それも違うかもしれないです。難しい……分かんない。どうだろ。分かんないけど……でもなんか、見たいんだと思います。きっと、そういうふうに人が追い詰められていくところって、あんま普段見ないじゃないですか。そうでもないか、見もするけど、でも、キレイなままじゃないのを見たい。っていうのがあるのかもしれない。いや、そういう人を演じてみたいっていう方が大きいですけど。

────じゃあたとえば『プルーフ/証明』のキャサリンとか。
百花 うん、あれはすごい楽しかったです。いや、やっているときは苦しいんですよ、とっても。キャサリンという役が難しいからっていうだけではなくて、それ以外にも色々のっかってくる問題でしんどいなって思ってしまったとこはあったけど、でも、なんか分かんないけど、普通に生きているんだったら味わえないアドレナリンみたいなのがキャサリンをやっている間は出てて、そういうのを一生のうちに何日か、数時間だけでも体験できるっていうのは、なんか、貴重で、楽しいな、って思ってしまいます。

────(インタビューアップ直前の追加質問)では、新作『アクアリウム』において百花さんが演じられる「すみ」という役は、作中どのような位置づけにあり、どのような意味を持っていると意識されていますか。
百花 すみちゃんね、わたしも探し中です、正直。本番やってく内に、こーかも、とか、あーかも、とか。稽古でやってたのと、本番中に何度も演出から変更あったりもして。二回めのゲネ前か後だか、わからなくなってアホみたいに泣いてました。
そだなーわたしが思うのは、どっか異空間にいるよな感覚はあります。少しね。
作品全体の流れによってもすみちゃんの印象とゆうか、位置?みたいなのも、きっと変わりそだなと。すみちゃんはこうなんだよ、とかゆうのもあれなんで、観て頂いた方に委ねます。

────興味深いお話をありがとうございます。では最後に、このインタビューを読まれるみなさまにメッセージをお願いします。
百花 もう本番も残り8ステージと差し迫った時に投稿(※12/26)で、遅くてごめんなさい。今思うのと、多少違ったりもありますが、この時は、こんなこと話してたんだなぁと。残り8ステージ! ぜひぜひ、観に来て下さい。噛めば噛むほど、な作品だと思います。

★百花亜希さんの『アクアリウム』チケット個人予約ページ(東京公演12月分のみ)
https://ticket.corich.jp/apply/51045/009/
★百花亜希さんのtwitter
https://twitter.com/MomokaAki
★百花亜希さんのブログ「注文の多い百花店」
http://blog.goo.ne.jp/hawaiian_aki

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イベントレポート – アクアリウム体験ワークショップ(12/15)

先日、普通だと思われたい、という日本人らしい心理から稽古場付記者の立場を離れて「普通の観客に戻ります!」と宣言したわたくし──。ところがかつて「普通の女の子に戻りたい」と泣き叫んで解散したキャンディーズの伊藤蘭が数年後にまた芸能界に復帰したのよろしく、当レポートもまた、散発的に復活するのです。「別に最初からおまえ普通の観客じゃねえか」という突っ込みはあまりに正鵠を得ているので、止めてください。さて、今回掲載するのは12月15日(日)に行なわれた『アクアリウム』限定ワークショップのレポートです!

レポート本文に入る前に。写真を多数用いたこのレポートは、『アクアリウム』の舞台セット・シーン内容に関するネタバレをあからさまに含みます。ですので、まだ『アクアリウム』をご覧になっていないという方は、そっとブラウザを閉じてください。そして反省してください。さらに「何故俺はまだ『アクアリウム』という傑作を見逃したままでいるのか……Why?」と自問自答してください。というか『アクアリウム』を観ていないのに『アクアリウム』限定ワークショップのレポートに興味を持つ不思議なひとがいるとは思えないので、この注意書きは無駄かもしれないですが、とまれ、まったく前情報なしで『アクアリウム』という作品を楽しみたい方は以下を読まれないことをお勧めします。来るなら来てみろ! 俺はネタバレなんぞ恐れない!という果敢な方のみ、画面をスクロールしてレポート本文へ飛んでくださいますよう、よろしくお願い致します。








































まずは一枚の写真の説明からはじめましょう。
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『アクアリウム』をすでに観劇された方なら、この写真の意味するところはお分かりですね。これは実際に舞台に立って、舞台奥から客席を写したものです。舞台に当たっている照明、アクアリウム、客席との距離がどう感じられるかということが如実に分かります。こういった、観客にとどまっていたら絶対に立つことのできない視点に立てるということが、まずはこのワークショップが「体験」ワークショップと名付けられている所以と言えます。

時と場所は、12月15日の日曜日、15:00〜の一ステージを終えたあとの19:00から、シアター風姿花伝の劇場内にて「アクアリウム体験ワークショップ」は行なわれました(22日にも同内容のワークショップが実施されます。詳しくは→ http://www.dcpop.org/stage/next.html#ws )。参加者は十数名と比較的多数で、しかも15日と22日に振り分けられていた出演俳優の方々でしたが、この日はお時間があったのか十名全員(+ゲスト出演者の山崎彬さんも!)の登場で、非常ににぎやかな雰囲気でのワークショップとなりました。下の写真は無駄にホラーな照明のもと、アクアリウムの後ろで最初の挨拶をしている谷演出です。「本日はご参加ありがとうございます……」
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「アクアリウム体験ワークショップ」を開催する意図については、すでに谷演出手ずからの文章がブログに掲載されています(『アクアリウム体験WS』をやる意図と狙い http://bit.ly/1cKEhTn )。その狙いを一言で言えば、お客さんの演劇への関わり方を「観に行く」以上のものに広げてみること。それも、しかつめらしい演劇講座という形ではなくて、もうちょっと気軽に演劇を「自分でやる」ものにするための機会を提供すること。そしてその素材として、現在目下公演中の作品の舞台美術/出演俳優/演出(照明、音響)をそっくりそのまま流用してしまうこと。公演期間中の作品「体験」ワークショップ──こういうのに前例があるのかどうか寡聞にして知らないのですが、思うにあまり類例のない、「演劇屋」を自称している谷賢一氏らしい企画・発想のように思えます。実際、参加者の中には、現在進行形で俳優として活動されている(ないしは学んでいる)方だけでなく、普段は演劇とは全然関係のない仕事をしている方や、観劇を趣味としながらも舞台に立てるほどの才能は自分にはないと思いつつ……でもちょっとぐらいは俳優の立場を体験してみたい……という動機で参加された方もいらっしゃいました。「演劇未経験者大歓迎!」の言葉に二言はないのです。下の写真は谷演出からワークショップの説明を受けている参加者のみなさま。
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「自分でやる」ものとしての演劇。お客さんにその機会を提供すること。その試みとして今回のワークショップで参加者に渡されたテキストは、作品『アクアリウム』の台本から1〜2頁ほどの長さのシーンを幾つか抜粋して並べたものでした。参加者はそこから自分のやってみたい役とシーンを選びます。そして、なんと相手役の出演俳優の方と一時間ほどちゃんと読み合わせの稽古を行なって(同一シーンに希望者が複数いた場合はグループで稽古する)、その後、まさに劇場内で上演時そのままになっている舞台美術の上で、上演時と同じ照明と音響のもと、『アクアリウム』出演俳優を相手役としてシーンを演じるという「体験」をすることができるのです。別に、上手く演じなきゃならないなんてことはありません。谷演出もとくにダメ出しなんてしません(コメントはもらえます)。そこでは単純に『アクアリウム』の作中人物になりきって、そのシーンにおける感情を体験するという楽しみがある。ゆかりさん(中林舞さん)から○○○されるというマゾ的な楽しみ。部長(大原研二さん)の怒声に対して必死にリアクションしまくるという面白さ。さらには参加者の頑張り次第で、場合によっては実際に上演された『アクアリウム』とはまったく違ったテイストの『アクアリウム』が展開することもある。下の写真は出演俳優の主導のもと、読み合わせの稽古を真剣にやっている参加者の方々。
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そして練習の成果の発表会。これ、トリのぬいぐるみの中にいる方は若林さんではなくて参加者の方です。実際の上演のものより斜め上方向にコミカルになっていましたが、それでも成立しているように見えるのが面白い。
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次の写真は、てつ(東谷さん)とゆう(参加者の方)のあのシーンですね。こういった絡みも含めて戯曲『アクアリウム』の世界を文字どおり実地体験できます。
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以下は、緊迫した表情のてつ(東谷さん)とゆかり(中林さん)に挟まれての、さらにはワニ(中村さん)、トリ(若林さん)、ゆう(堀さん)らに囲まれての、きわどく動揺していくしんやを演じる参加者の方。実際のしんや=渡邊亮さんと参加者の方との個性の差分が、そのまま立ち上がるシーンの印象の違いへとつながっていきます。
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で、とりあえずわたくし自身も参加してみたので──しかも自分は演劇をやっている人間でもなければ、俳優志望の人間でもありません──その立場から感想を言ってみますと、……当たり前のことなんですが、何度でも反復することができる上に、客の視線を受けないシーン稽古という段階と、照明・音響・演出あり、客の目線ありの一度きりの瞬間においてシーンを演じるということは、全然別の体験なのですね、ということ。その瞬間には、緊張もするわけですけれども、集中力も高まるしテキストの読み方も客との関係性のなかで変わっていってしまう、ということ。そういった舞台上のその場かぎりのライブ感が、「演劇」の醍醐味の根っこなんだろうか、と。そんなふうなことを、実際やってみて、考えました。これはやはり直に舞台に立って照明を受けて、相手役の生身の俳優を前にして、観客(といっても今回の場合は他の参加者+俳優陣+谷演出)のプレッシャーを受けつつやってみないと、実感できないことなのかもしれません。そういう意味でも、舞台美術、俳優、照明・音響が実際の上演時のものとほとんど同じという状況で演劇を「体験」できる今回のワークショップというのは、たしかに、演劇未経験者に対してこそいっそう新鮮で大いに訴求する企画なんだろうな、という気がします。バックステージツアーならぬオンステージツアー──面白い試みです。

ちなみにこの「アクアリウム体験ワークショップ」は、舞台セットの中を歩いて、舞台裏にまわって、楽屋まで降りていって、外回りでまた劇場入口まで戻ってくるという「バックステージツアー」も兼ねています。すなわち、ワークショップ前半の数十分をつかって舞台、楽屋の見学をします。そのときには、上演中客席からは絶対に見えないような細部まで舞台美術を視認することができるし、アクアリウムの中の魚の数を数えることもできるし、谷演出の音響のこだわりについてのレクチャーを聴くことができたり、舞台裏の超狭い空間を実際に歩き回ったりと、インサイダー的な立場から『アクアリウム』の舞台の構成要素をひととおり体感することができます。とはいえ、実際何を見られるかお伝えするには、写真を載せた方が早いですね。以下は何の写真でしょうか?
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舞台奥の壁に掛けてある掲示板です。どう考えても客席に坐っていてはこの文字は読めません。にもかかわらず「年末大そーじ忘れるな!!」の文字の下に、「12月の目標」として各住人の今月の目標がちゃんと各人の個性を反映しつつ書き込まれています。
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これは何か。よーく見ると「B’z」の文字が読めますね。すでに観劇された方なら「光嶋さん、ほんとに用意してたんだ……」と衝撃を受けること請け合いです。
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何でしょうかこれは。とくに秘すことじゃないので言いますと、楽屋に通じる階段の上にある小道具置場です。発泡スチロールのカツ丼やシュークリームといった剣呑な兵器がここに格納されています。その他、絶対に観客の目のとどきようのない『アクアリウム』の舞台裏を、参加者はとりどり見学することができます。

簡潔に言えば。今回の「アクアリウム体験ワークショップ」、要するに『アクアリウム』という作品を使って、お客さんらとシアター風姿花伝で遊んじゃおうというイベントです。非常に敷居が低い上に、とくに演劇未経験者の方にとっては、滅多に経験することのできないことを味わえる三時間になりますので、もし、以上のイベントレポートを読んで興味もたれた方いましたら、22日にももう一度開催されるワークショップに参加してみるとよいと存じます。すでに『アクアリウム』を観劇されてこの作品を気に入っているというのでしたら、なおさらです。ただし! 老婆心ながら一つだけ忠告しておきますと、「演じてみたいシーン」の選択で、しんやのモノローグないしは少年Aの長科白を選んでしまうと、二時間ぐらいまったく出演俳優の方と絡みがないまま時間が過ぎる(相手役が必要ないシーンなので、「稽古」と言っても独りで台本を読むだけ)という大変ソリタリーかつソフィスティケイテッドな状況に陥る羽目になりますので、止めた方が無難です。この点は経験者の言うことを聞きましょう。みなさまがわたくしの二の轍を踏まず「アクアリウム体験ワークショップ」を最大限楽しんでいただけるなら、筆者としてこれに勝る喜びはありません──。

イベントレポートは以上です。最後に、写真を一枚。このハンモックに腰掛けているチャーミングな男は誰か?──すでに観劇された方には説明するまでもありませんね。十二人目の出演者、「竹井ーーーーー!」こと舞台監督助手の竹井祐樹さんです。舞台美術について気軽に質問すれば丁寧に応えてくださるので、疑問に思っていることなどあればワークショップ中どんどん話し掛けてみるとよいですよ。
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稽古場レポートまとめ

※連載期間11/5~11/28

稽古場レポート第一回 – 11月5日 http://bit.ly/18ufmlm
稽古場レポート第二回 – 11月6日 http://bit.ly/1jBfowD
稽古場レポート第三回 – 11月7日 http://bit.ly/19tyJIB
稽古場レポート第四回 – 11月9日 http://bit.ly/IzKS82
稽古場レポート第五回 – 11月10日 http://bit.ly/18Nnno9
稽古場レポート第六回 – 11月12日 http://bit.ly/IViGwt
稽古場レポート第七回 – 11月13日*14日 http://bit.ly/1dZgvWZ
稽古場レポート第八回 – 11月16日 http://bit.ly/J47v5i
稽古場レポート第九回 – 11月17日 http://bit.ly/J47xdg
稽古場レポート第十回 – 11月19日 http://bit.ly/1iNq9xV
稽古場レポート第十一回 – 11月20日 http://bit.ly/1iNqbGb
稽古場レポート第十二回 – 11月21日 http://bit.ly/IVjgtT
稽古場レポート第十三回 – 11月23日 http://bit.ly/18h9Ncg
稽古場レポート第十四回 – 11月25日 http://bit.ly/1faxgeL
稽古場レポート第十五回 – 11月26日 http://bit.ly/1iNqL6H
稽古場レポート第十六回 – 11月28日 http://bit.ly/1gi7kBb

       *

INTERVIEW – 中間統彦さん http://bit.ly/18ufTUx
INTERVIEW – 渡邊亮さん http://bit.ly/18uOxdY
INTERVIEW – 一色洋平さん http://bit.ly/1gQscgh
INTERVIEW – 東谷英人さん http://bit.ly/1gi6Tqy
INTERVIEW – 中村梨那さん http://bit.ly/1f086is
INTERVIEW – 大原研二さん http://bit.ly/1gi72dz
INTERVIEW – 堀奈津美さん http://bit.ly/1gi7acZ
INTERVIEW – 中林舞さん http://bit.ly/1gi7bxq
INTERVIEW – 百花亜希さん http://bit.ly/1kHva9N
INTERVIEW – 若林えりさん

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今後もイベントレポート等が掲載される予定ですので、時々この特設サイトをチェックしてみてくださいませ。

谷賢一からY氏へのメール(12/8)

From: Kenichi Tani
Sent: 2013年12月8日 0:12
To: Y
Cc: 元田暁子, 福本悠美
Subject: Re:頼まれてもいない宣伝レビュー草稿

Yさんへ(CC: 元田 福本)

レビュー。
と言うよりは、批評?
と言うよりは、批評を通じた自己表現。
拝読しました。

批評とは何か、ということについては、僕はスーザン・ソンタグの『反解釈』、
これにほぼすべて依拠しているわけですが、
この物語を「解釈」することを通じて、Yさんという人間性が顕になっている気がします。

稽古場に長くいた分、それはもちろん一度観たお客さんより深く読んでいるとは思いますが、
それ以上に、Yさん自身の人柄や主義主張、世界観が現れており、
僕はそれを悪いこととは言っていない、むしろ批評という文章活動はそういうものなのです。
であるからして、僕はこの「批評」を、大変興味深く拝見しました。
答え合わせのようなことは致しません。ただ、ありがとうございました、とだけ。
いくつか、僕以上に読み解いた部分があることは、畏敬の念を込めて賞賛しておきます。


———-Original Message———-
From: Y
Sent: 2013年12月7日 11:32
To: DULL-COLORED POP
Subject: 頼まれてもいない宣伝レビュー草稿

福本悠美 様

拝復、
迅速のご連絡ありがとう存じます。Yです。
今回のメールは特に福本さん宛というのではないのですが、きっかけが「いかがでしたでしょうか。/是非ご感想、お伺いしたいです!」という福本さんのお言葉だったので、こういう形にしています。
というのは、実際その感想を書き始めたら、しかも些事ではなく本質的に自分が受け取ったことをそのまま書こうとしたら、どんどん長くなり、これはプレビュー期間後のちょっとした集客宣伝のためのレビュー(特設サイトに上げる)として体裁整えたら面白いかも、と思い付いたので、頭から書き直したのです。それが、以下に添付する文章です(3500字)。内容はネタバレを避ける意味もあって非常に抽象的です。なので、文体としてはあからさまに宣伝風に、口語的にしています。
えーっと。でも、この文章をどう取り扱うかは、お任せします。個人的には、これが特設サイトに上がったら面白いと思うんですが、宣伝になるかは全然分かりません。とにかく書き上げたのでお送りします。この文章の処遇についてご指示ありましたらリプライ願います。ご面倒かけてすみません。
それでは。
                敬答

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■宣伝レビュー、みたいなもの

劇団DULL COLORED-POPの『アクアリウム』。面白いぜ。観に行けよ。

え、観に行く暇がないって? 年末近いこの多忙な時期に演劇観に行く時間が割けないって? スマホ世代のわれわれ現代人にはわざわざ劇場まで足を運ぶ移動時間でさえ惜しいって? あっそう。じゃーそこ坐って。そこに赤い椅子あるでしょ。さ、坐ってくれよ、これから俺があんたがシアター風姿花伝に行く気になるまで『アクアリウム』の面白さを耳にタコができるくらい説明してやるからさ。どうぞ遠慮せず。ささ、腰を下ろして。おや? こんなところに職場でもらったシュークリームが……いやいや大丈夫大丈夫俺はいきなりシュークリームを投げつけたりなんてしないから。いきなり「観に行けやクソがーーー!」とかね、わたくしジャパニーズ紳士なんでそんなこと口にするはずはありませんね。さ、坐って。

『アクアリウム』の面白さを説明っと。さて。じゃあ、最初からきわどい話題に触れていこうか。……戯曲『アクアリウム』のモティーフの一つには、1997年の酒鬼薔薇聖斗事件があるっていう話だ。知ってた? まあ作・演出の谷賢一氏が方々で言及してるんだから特に秘すことじゃないんだけど。事件そのものは有名だね──事件は神戸市須磨区での連続児童殺傷事件として知られているけど、とはいえ、そこからさらに酒鬼薔薇少年自身のプロファイルを遡っていくと、自己破壊とも他者加害ともつかない人間の本質的な欲動の暗部を直視するようで、なかなか恐ろしい。彼のそういった側面についてももう数多の文献が出版されているので、谷賢一氏も当然それらに目を通しているにちがいないね。でも、別に『アクアリウム』は酒鬼薔薇聖斗のドキュメントをやろうって作品ではない。酒鬼薔薇聖斗の問題に素手で取り組みつつも、事件について今新たな解釈を提示しようという作品でもないんだな。なら、何か。

谷賢一氏は酒鬼薔薇聖斗を非常に個人的なものとして召還する。つまりあなたの/私の個人史における一つの忘れがたい記憶として。

なあ、人間って、怖いよね。俺は怖いよ。他人は何を考えているか分からないし。人間怖い。それは普通の隣人だと思ってた少年が実は殺人鬼だった、というような怖さではなくて、つねに彼の言葉ひとつで、彼女の視線ひとつで、あのひとの身振りひとつで、自分一個の存在が脅かされるということもあるのが残酷だ、って話なんだ。こいつは世代の問題もあるかもしれない。高度経済成長なり、福祉国家の永続性なり、冷戦構造下の安全保障なり、一億総中流社会なり、終身雇用なり年功序列なり、まあ何でもいいけど、そういう社会的包摂の力を全然信じられなくなった90年代以降に大人になった俺たちは、ひどく砂粒化した個人として、「信頼」とか「愛情」とかいうモノを扱うのに、あまりに臆病になっているのかもしれない。他者に触れることは怖ろしい。生の実相を覗き込むことは怖ろしい。火傷しそうなくらいに。なあ、たしかに酒鬼薔薇聖斗は社会の中でイビツな存在だったろうさ。きわめつけの。だけど、いくらかでもイビツじゃない一個人なんてこの世にいるのかな? 鏡の中のあんたの笑みには嫌らしい色が浮かんでないかい? 通勤電車に揺られるあんたの平衡感覚は正常かい? あんたが恋人と一緒にぼんやり雲をながめている時だって、世界には亀裂が走ってやしないかい? 人間は怖い。過度の被害者意識。身近な人間への攻撃性。内奥の罪悪感。ドス黒い自己嫌悪。最愛のひとへの殺意……。

戯曲『アクアリウム』のメインの舞台は「おさかなハウス」と呼ばれるシェアハウス、登場人物はそこに住む男女だ。そんな彼らの表層的な人間関係が、ある椿事をきっかけにグロテスクに内破していった果てに、酒鬼薔薇聖斗のテーマが接続するのは、必然だと言っていい。人間関係の平衡が崩れてぐにゃっとしたものが出てくる。誰もの顔に小さな歪みが浮かんでいる。作品中、酒鬼薔薇聖斗のテーマの浮上は、出来事が因果的に連鎖していったために可能になるのではなく、何かの記憶が無意識に浮び上がっては消えるという明滅をくり返したあとに、不意に包装紙を解かれたかのように、あらわれ出る。登場人物の誰もが他者との関係性においてイビツさとは無縁ではあり得ないと思い知らされたあとに、或る飛躍が起こる。それは、通常の会話劇だったらあり得ないような、思い切った飛躍だ。とりあえず『アクアリウム』の見どころを一点挙げてみよと言われたら、俺はここを挙げよう。酒鬼薔薇聖斗が、何故か現代のシェアハウスに似合わしくなる瞬間。この瞬間を実現するためになされた谷賢一氏の脚本構成上の挑戦を、是非感得してほしい。この飛躍を可能にした、そこまでの対話の精緻さと演出の機微を、是非見てほしい──なにせ「坐ったら。」みたいな一言にさえ微妙なニュアンスが要求されるレベルだぜ。

おっと。こんなふうに言ったからって『アクアリウム』が深刻な、しかつめらしい作品だと思われると困るな。『アクアリウム』が酒鬼薔薇事件を社会派戯曲みたく扱ってるわけじゃない、ってのは当然として、『アクアリウム』の面白さを伝えるには、もうちょっと言葉を付け足す必要がある。簡単に言うと、これは相当笑える作品なんだ。アホ過ぎて笑える。人間って怖い。他者に触れることは怖ろしい。酒鬼薔薇は狂ってる。でも笑える。おかしいと思うかもしれないが……作品の縦軸として現代の閉塞感、酒鬼薔薇聖斗、シェアハウスにおける人間関係、といった要素を垂直にきちんと積み上げたからこそ、横軸ではパッと見面白いものなら設定的にも演出的にも何でも詰め込むことができるようになった、というふうだ。稽古場見学した立場として言うんだけど、脚本にはなくて演出で付け加わった要素っていうのは、大体作品のおバカ・レベルを向上させるのに寄与していた。場当たりでの演出変更でこのおバカ・グレードはさらにアップしたと思われる。しかしそれも無意味なはしゃぎっぷりというのではなく、縦軸で抉った暗部を横から相対化するために全部きちんと物語に絡んでくるんだ。笑えることにも必然性があるわけ。公演案内に書かれていた谷氏の「とても暗く、悲しいテーマなので、とても明るく、楽しめるお芝居にしようとして、苦心惨憺いたしました」という言葉は文字通り受け取っていい。そして、酒鬼薔薇聖斗と「おかあさんといっしょ」が同居するこの作品のキチガイじみた振れ幅を、考えないでほしい、ただ、感じてほしい──。意味が分からないって? じゃあ観に行ってもらうしかないな。

最後に、タイトルの「アクアリウム」についても触れておこう。実は、これもまた縦軸のテーマの暗さを相対化するためのモティーフの一つだが、横から明るさをぶっつけるというよりも、むしろ全体にぼんやり薄明がかぶさってくるというイメージだ。だからそれは、単純に楽しさや笑いに寄与しているわけではない。或る暗晦で残酷なものが通過して、シェアハウス内の人間関係に無数の傷が残ったのち、もしかしたら、「アクアリウム」は一つの「救い」のように微温的に機能するのかもしれないが、でも、それもポジティヴな意味での救いなんかではない。と思う。突飛な連想かもしれないけど、ここで思い起こすのは、フランツ・カフカがマックス・ブロートを相手に語った次のような会話なんだ。
 「われわれの世界は、単に神の不機嫌、調子の悪い一日にすぎないんだよ」
 「それじゃわれわれの世界というこの現象の外には、希望があるということなのか?」
 「ああ、希望は充分にある、無限に多くの希望がある。……ただ、われわれにとって、ではないんだ」
作家としての谷賢一氏は安易な救済の誘惑にはのらなかった。救いはある。希望はある。でも残念ながらそれは酒鬼薔薇世代にとってではなく、「おさかなハウス」の住人たちにとってでは、ない。なんか不機嫌で調子の悪い明日は昨日までの今日と相変わらずだ。そして、それまでのおバカな笑いも抱腹絶倒のおおはしゃぎも、一切を明るい絶望のなかに突き落とす「アクアリウム」の虚無的な水音が大きくなって後に、おとずれる、最後の会話と、最後の照明変化。……それはもう、あんた自身が自分の目でたしかめてみるしかないね、その切実さを。

えええ? やっぱり意味が分からないって? だーかーらー、観に行けっての。そうすりゃ俺の言ってることも分かるから。え……ほんとに時間的余裕がない? 嘘つけ。忘年会ひとつすっぽかすことくらいできるだろ。あんた、ハム将棋相手に全駒して遊ぶ余裕はあるのに演劇は観に行けないってか。深夜までCiv4やってる余裕はあるのに演劇は観に行けないってか。いや知ってんだよ、あんたがニコニコ動画に「まおー」とかいうハンドル名でCiv4のプレイ動画を上げてることは! 何が「まおーの文化勝利狙いでがんばる動画(^○^)」だよおっさんのくせに……え、ほんとに観に行かないの? マジで? こんなに俺が長々と『アクアリウム』の面白さを説明してきてやったのに? なんでさ? ちょっと目白駅まで足を伸ばせばいいだけなんだけど?

ちっ。クソが……(とシュークリームを手に取る)。

(文責:Y 観劇日:2013年12月6日/プレビュー期間)
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稽古場レポート第十六回 – 11月28日

『アクアリウム』の稽古場レポート、第十六回をお届けします。

突然のお報せですが、筆者が稽古場を見学したのはこの28日が最後になりますので、レポートは今回が最終回です。ここまでこの常軌を逸した長文連発のレポートをお読みくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。イェイ。Twitter等で感想くださった方、縁もゆかりもないのに宣伝してくださった方、遅蒔きながら御礼申し上げます。おそらくここまでレポートを読んで、『アクアリウム』の上演を観に行かないというひとはよもや(中略)拙文によって少しでも『アクアリウム』に興味持たれたなら、是非、チケット予約をよろしくお願いします。できれば複数回観劇していただければ幸いです!

さて、稽古日も残り四日を数える28日は、先日のようにばちばち動線を整理していくのかと思いきや、中盤からの丁寧な返し稽古で、台本の解釈、科白のニュアンスを詰めていきます。谷演出の目から見れば前半に比べて後半部分はまだまだ成立していないと感じるパートが多く(とくにラスト付近はほとんど稽古をしていないので)、丁寧に波長合わせをしていくしかない、というふう。25日と同じように、解釈のレベルでの丹念なダメ出しがつづきます。「『いやこれホントやばくて……』からの科白は、そんなに冷酷にやらなくていい。『じゃ何でさっき……って言ったの?』の科白までの怖さでもう完全に相手を追い込んでいるので、それ以上怖くする必要はない。むしろ自分はそんなに悪い人じゃないんだよ、って善人ぶる感じのニュアンスで。『いや、ゴメンね!?』って言っているようなトーン」「そこでのUは落ち着きすぎ。『一旦は帰りますけど絶対に出て行きますからね!』っていう言い争いを相手と外でやって、それから自分の部屋で苛々しながら荷物まとめて、『くっそ、どうせ出ていくならこんなルームランプとか買わなきゃ良かった!』とか苛々して、荷物を背負って、そういう裏設定があってここに入って来るわけだから、そんなラオウみたいにテンション低いはずがない。……まあ呼吸だけは演技的にコントロールできないから、頭に血がのぼった状態を作るために、出てくる前から息を止めるとかしてみたらいい」「『俺はビルを見てる』──この科白は、少し自分に向かって言うような感じが欲しい。その前にこのTは『クリスマスも正月も意味ないよ!』って軽い口調で言うけど、でもそうなるともう自分の人生には華やかなものは何もないんだってことに、彼は気づくわけだ。実際、Tには夢も希望も結婚願望も無いんだろうし、今後もルーチン的にずっとビルの映像を監視するだけの生活、その長ーい廊下を想像して、気が振れそうになっている感じを、科白を言った後の間で出せると、渋い」……いや、ほんとうに、こうして台本外で想定される文脈まで補完しつつ、俳優の役の形象化をじりじりとイメージどおりのものへと近付けていくのです。しぶとく。

そして、この返し稽古の過程で出て来た名言が、「うんこ」。われわれはこれを谷賢一語録として永遠に銘記したい想いを禁じ得ない。どういうことかと言うと、Sという登場人物の、非常に苦悩しながらも、あまり芝居として「動揺したひと」をやり過ぎないようにしつつ語らなければならないという難しい数々の科白があるのですが、それらの科白を出すためにどういう意識を持つべきか、俳優にアドバイスする際に、ふっと谷演出の口から出て来たキーワードが、ずばり、「うんこ」。「Sの『僕はやっぱり……』これね、俺すげーいい喩え見つけたんだけど、うんこ出すみたいな感じで喋って欲しい。今なんかスルッと出てしまっているんだけど、この科白の言葉のかたまりを、ぶりぶりって踏んばって出さないと、喋れない、みたいな感じで。音が強いとか弱いとかじゃなくて、基本は言葉を出すときに、そのうんこが大きいか小さいかということなんだ。大きいなら、出す前に頑張って力まなければならないでしょ?」──名言誕生の瞬間です。それからはもうSの俳優に対するダメ出しはほぼうんこの喩えに終始しました。「『俺らさ』これもうんこ。張らないでいい」「『僕は彼とは違う』全部うんこで出して」「『それが同い年だってわかった瞬間……』一息で、前言語状態でうんこ出す感じ」「『でも僕は多分、彼とは違う色の……』うんこが小せぇなー」「『どうもすみませんでした』これもうんこで言える?」「『やっぱり、出頭してみます』うんこうんこ」。ふざけているわけではない。聞いている俳優陣は全員真顔です。おそらく感覚としては“言葉によってフタをする”という衝動の強さとそれを抑える葛藤のイメージを、より生理的に身体に落とし込みやすいよう工夫した比喩として、「うんこ出す感じ」という指示が生まれた。俳優とのあいだでイメージを共有するということは演出家にとって永遠の課題なのでしょうが、そのための言語的工夫誕生の瞬間を、われわれはこの日、目のあたりにすることができたと言えそうです。

もちろん、返し稽古を進めながら、動きの整理や、位置取り、ニュアンスの微修正も同時に行なっていきます。──動きの整理で一番面白かったのは、Kという人物が「Yちゃんも、大丈夫?」と部屋を出て行こうとする人物Yを呼び止める局面。まずは普通に俳優が、出て行こうとするYを振り向いてみてからこの科白を言ったのに対して、谷演出は、「Yちゃんも」は振り向く前に、目線を前にしたまま言ってくれ(そして「大丈夫?」で振り向く)と指示。これで何が変わるかというと、この局面が、KがYの方を見もしないのに、アンテナを張り巡らしていてYが出て行く気配を察知して呼び止めた、という印象に変わり、ちょっとKが策士というか、サイコキャラに見えてきて局面全体にサスペンス色がついた。実際、ここでKは非日常な精神状態にあるので、この些細な動きの変化によって一連のシーンの緊迫がより一貫して感じられるようになったのでした。──位置取りに関しては、見学者の立場では見切れ(重要な人物が見えない)やバランスを気にしての動線の工夫が面白かったです。いちいちこんなところまで手を入れていくのかと。と或る局面では、上手に人が寄りすぎなので、ここでKが下手のソファーに坐れれば良いんだけど……と谷演出が言い出して、Kをいかに下手に動かすかをそのとき舞台にいる全員で考えることになった。ここでSが一歩内に寄ったら、Kは下手に行けるんじゃないだろうか? すぐに行かないで、しばらく話していて、SがTに●●●を渡した後なら行けるんじゃないだろうか? Sが坐ったらKも坐るというタイミングにしたらいいんじゃないだろうか?……ほんとうに細かい試行錯誤をして、いかにKを不自然でなしに下手に行かせるかということを全員で協力しながら実現していく。おそらく、稽古場見学していなかったら何気なく見過ごすシーンです。そんなところまでも調整が入っていく。──ニュアンスの微修正はもうわけの分からないレベルで細かい。一番うへぇと思ったのはKの「いや私はないけど」の科白に対してのダメ出しで、「やり方はどうでもいいけど、できればちょっと戸惑い気味の、『実はあるけど』の感じを出して欲しい。実際にあるのかないのかは、科白の上では分からないけれど、観客にもしかしたらあるのかも?と想像させてくれると凄くいい」との、指示。細かすぎるだろ……しかし台本全篇にわたってほぼ科白ひとつひとつにこういったニュアンスの色をつけて行きます。それは必ずしも以前の指示と一貫しているわけではないけど、舞台芸術は生き物だから変えるものは変えるべきなのは当然。ともかく、ダメ出しの密度が尋常じゃない。今日に限ったことではありませんが。

そして、返し稽古の成果を確認する意味で、18:00からの通し稽古。返し稽古で詰めたところを越えて、ラスト近くまで止めずに通していきますが、ラストに差し掛かってからは、ちょくちょく小返ししつつ、なんと台本をリアルタイムで改稿し始める谷演出。「ここ、科白二行カットします」「『でもビルはもううんざりだな』カット」「次の『ホントに?』から35頁まで全部カット」「『でさぁ』から9行後までカット。代わりに別の科白が始まります……ちょっと口頭で伝えさせてください」等々。たしかに改稿によって冗長な部分がなくなり、平凡だったやり取りも少し可笑味のある短いやり取りへと圧縮されて、おそらくラストで谷演出が狙っているだろう雰囲気へと、一言一言が洗練されていく。でも基本的にはがつがつ削る。カットしまくり。以前ワークショップの場で谷演出が「劇作家にとっては、何を削るかということの方が重要」と言っていたと記憶しますが、その言葉を想起させる通し稽古の延長での、リアルタイム改稿でした。

その後、また終盤入口から返し稽古をやって、本日の稽古は終了。では今日以降の稽古はどうなるか。たぶん、まだラスト付近の動きと演出が突き詰められていない部分を、返し稽古をしつつ整理して、それ以降は、抜き稽古と通し稽古が主体になるのだろうと予想されます。この点については飯休憩のときに東谷英人さんから興味深いお話を聞けたので、以下、ざっくりその話を要約してみます。東谷さん曰く、今回は完本が遅れて時間がないので、こうやって荒っぽい返し稽古をつづけていくしかない。単に流すだけの頭からの通しなら現時点でもできるけど、動きが整理されていない今、それをやっても意味ない。ただ、目下谷演出から相当細かく動きを指定されつつの稽古になっているけれど、ほんとうは、そうした動きを俳優自身のアイディアで出せたらいい──時間が十分あれば出せたかもしれないのに、こうやって細かに指示に従うだけでは、対応力が問われるだけになる。(顔合わせの時点ですでに完本しているといった具合に)時間があって、自分で台本を読み込めて自分で動ける俳優がそろっているなら、本来演出家のちょっとしたサジェスチョンだけで十分なのだ。そういう現場の方が俳優としてはやりがいがある。でも今回の現場がやりがいがないってわけではなく、ダルカラの現場はいつも発言を全員で回していく感じあって、非常に健全。作・演出がすべてを決めるというような空気はない。とまれ、自分としては、通し稽古を早くやりたい。通し稽古をしなければ、全体を通じた感情のダイナミズムとか、動機の一貫性とか、自分の腹に落ちないことが多すぎるので。……

とはいえ、残りの稽古日はあと三日。まだ演出が明確についていないシーンもあり、最後まで余裕のない前のめりな稽古がつづきそうです。では、次回のレポートに……つづきません。

28日の稽古場のレポートは以上です。

最終回は谷主宰の字数制限ブレイクの許可を得たので、書きたい放題書かせていただきました。ほんとうは毎回これくらいの密度で書きたかったのですが、「読者がついてこれない」「稽古場見学した上でそんな超長文レポートを書く時間はない」という理由から断念していたのです。しかも、今回のレポートでもまだ書きたかったけど書かなかったことなどありますので、いかに『アクアリウム』の座組が日々濃密な稽古をしているか、ご想像いただけるだろうと存じます。

書く/読むという行為は、他人と何かを共有するためにはまどろっこしい方途だと思います。演劇の稽古について知りたければ、実際役者として参加してみればいい……実際スタッフとして現場に貢献してみたらいい……実際誰かの下で演出助手に就いてみればいい……実際自分で作・演出してみればいい……つまり、他人と何かを共有するための時間のズレは短ければ短いほど、いい。じっくり時間を掛けてレポートを書いた/読んだからって、本質的な理解が深まったりするわけじゃない。たぶん、こんな連日の長文稽古場レポートを書くバカは後にも先にもいないでしょうが、それは当然で、演劇に携わるんだったら、レポートを書くよりやるべきことが他にあるからです。

今回こうして自分が稽古場レポートの執筆を担当したのは、私的な動機からです。いずれにせよ書いているあいだ、レポートが読まれているという実感も宣伝に役立っているという実感もなかった。それでも、「読む」行為によってこのレポートの内容を共有してくださった方が少なからずいたらしいことに、自分も、図らずも『アクアリウム』に何かの貢献はできたかしらと、書き手として胸をなで下ろします。ありがとう。そしてDULL-COLORED POP 第13回本公演『アクアリウム』を、是非ともよろしくご観劇願います。

それでは。私も普通の観客に戻ります。みなさま、劇場でまた同じ空間に居合わせられるときまで、so long!

【今日のというわけではない一枚+α】
最終回なので切り口を変えます。一枚目は、11月14日の稽古のときの、読み合わせの稽古中の写真です。読み合わせとはいえ半分芝居しながらの稽古になっていますが、役者の方々が台本を片手に持ちつつの稽古になっているのは、見て取れると思います。また、このシーンに登場することになってはいても科白が無い方は、基本的に坐ったままでいる。
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そしてこちらは、同じシーンを11月26日に稽古(立ち稽古)しているときの写真です。科白があって場に主に関与しているのが大原研二さん、一色洋平さん、中林舞さん、東谷英人さんという点は変わらなくても、全員が稽古用のセット内でのポジションについて、目の前で起こっていることに何らかのリアクションを取っていきます。当然科白は入っているので台本は手に持ちません。
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情報公開第4段!!

とうとう東京公演の開幕まであと4日!
本日も盛りだくさんの情報をお届けします!
本日の新たな情報は…

【1】一色洋平ワークショップ「体の把握とメンテナンス」開催決定!!
【2】『アクアリウム体験ワークショップ』出演俳優決定!
【3】official support barのご案内!
【4】仙台公演・岡山公演のご案内

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【1】一色洋平ワークショップ「体の把握とメンテナンス」開催決定!!
俳優でありながら、総合運動トレーナーとしての資格も持ち合わせる。
そんな一色洋平が今回お送りするのは、あなたの体の把握とメンテナンスに関するワークショップ!
どなたでもご参加頂けます!
運動しようがしなかろうが、興味が有ろうが無かろうが、プロアスリートも運動音痴も、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
一度は聞くべきこの話。今後の人生変わります。

一生連れ添うその体。まずは「メンテナンス法」を知りましょう♪
体力つけるも筋肉つけるも、痩せるも全ては「メンテナンス」から…。

≪内容≫
■座学(知識の伝達、間違った身体知識の訂正)
■自分の体の歪みを知ろう
■自分一人でどこでもできる、体のメンテナンス運動
■お客さまのご希望に沿い、体幹/ダイエットなどのトレーニング運動
■未開発の腹筋「深腹筋(しんふっきん)」を開拓しよう

≪開催日時≫
12/27(金)14:00~の回、終了後。60~90分程度を予定。

≪参加料金≫
12/27(金)14:00の回ご観劇のお客さま …… 無料
ワークショップのみご参加のお客さま …… 2,000円

info@dcpop.orgまでメールでお申し込み下さい。
その際、件名を「一色WS参加希望」とした上で、本文に(1)お名前 (2)参加人数 (3)ご連絡先お電話番号を必ずご記入下さいませ。当日の飛び入りも歓迎です。

≪注意事項≫
どなたでもご参加できます。派手な運動を行う予定はございませんので、私服でのご参加でも大丈夫です。

【2】『アクアリウム体験ワークショップ』出演俳優決定!
12月15日、22日の19時から開催される、『アクアリウム体験ワークショップ』の出演俳優が決定致しました!
◎12/15…東谷英人、大原研二、中村梨那、中林舞、渡辺亮
◎12/22…堀奈津美、百花亜希、若林えり、一色洋平、中間統彦
また、DULL-COLORED POP主宰であり、『アクアリウム』作・演出の谷賢一が体験ワークショップへの想いを語ったこちらの記事をぜひご覧ください!→<PLAYNOTE『アクアリウム体験WS』をやる意図と狙い

【3】official support barのご案内
期間限定でDULL-COLORED POP official support barが新宿に!!
新宿三丁目駅から歩いてすぐの“Bar Count Zero”では、様々な企画が予定されています!
期間中は、劇団の過去公演の展示に加え、最新作『アクアリウム』舞台模型の展示・出演者からのメッセージ・公演オリジナルカクテルなどなど、店内はダルカラ色満載!! 楽しく愉快な店長のまこっちゃんとアクアリウムについて、ダルカラについて、お話してみてはいかがでしょう?

〖店名〗Bar Count Zero
〖住所〗東京都新宿区新宿3-7-9 新宿土地建物第六ビル3階(新宿三丁目からすぐ!)
〖営業時間〗19:00~ ※定休日毎日曜日orハッピーマンデー
〖期間〗12/9(月)~12/19(木)

【4】仙台公演・岡山公演のご案内 東京、福岡、大阪のあとに回るのは、杜の都・仙台! 『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』から2年ぶりに演劇工房10-BOXに参ります。 そして全国ツアーの締めくくりはDULL-COLORED POP初の岡山県! 天神山文化プラザで3月に上演致します! ぜひぜひこの機会にDULL-COLORED POPをご覧くださいませ!!

詳細はこちらから ≪仙台公演≫ ≪岡山公演